かれいづべけれど、心なき人々はいかににやけし男とや見ん。衣服はれいの小紋の三枚かさねに、黒ちりの羽織なまめかしく、献上博多帯のあたり、時々ちらつく金鎖に、収入にくらべて借金の程もしられ襟のほとりの香水も、安物ならぬしるしには、追風遠くかをる床しさ。お初もお照も無言のまゝ、しばし見とれてぼんやりせしが稍ありて心づき茶菓もてこんとていでゆくを見おくりながら、今宮はきまりわるげの糸子にむかひ「ハハアさうでしたか、しかしお留守のところへ上つて、お気の毒でございますね」姫はいとゞはづかしげに「どういたしまして兄はぢきかへりますから御退屈でせうがすこしお待ち遊ばせな」「ハイありがたう……イヤどうか決しておかまひ下さらないやうに」糸子はかたへの写真帖をいだしながら「なんのちつともおかまひ申ませんで……今宮様、あなたこれをごらん遊したの」手にとりて「イヽヱまだ拝見いたしません……オヤこれはあなたですね、どうもお立派ですこと」「アラおなぶり遊しては否でございますよ」「勿体ない、なぶるなんてほんとうです」といひつゝしばし見とれしが、気をかへて、其次をあけて「これは花園女史ですね、あなた御懇意なんですか」「ハイよく時々いらつしやいますよ」「随分評判の方ですが、さうですか実際…」「ハイしかし世間の人はとかくわるくいひますが、あの方があんなにおなりなさつたのも全く社会とかの罪でせうよ、……幼少い時からよくひどい目にばかりおあひなさつたさうですから」「ハハアさうですか……いや女の小説家なんてへものは、ほんとに、かあいさうなものですよ少し自分の思ふ事を筆にまかせて書く時は、すぐおてんばだのなんのといはれますからね……それをおそれてかきたい事もかゝずにゐるのは、つまり女らしいのなんのとほめられたい慾心と、世人の評には屈しないといふ勇気のないよりおこるんですが、この花園女史は決してそんな臆病ではないやうですね」「さうで御座いますよ、ほんとにお話でもお遊びでも、あまり活発すぎて、丸で男の方のやうで御座いますもの、そのかはりさつぱりして同じ事などぐづ/\くりかへして、泣たりくどいたりなんぞは一度もなさつた事御座いませんの」「ハハアなる程さうですかね……ぢや私みたやうに、不活発な女のやうな者をあなたは屹度おきらひでせうウフフフ」なに故か糸子はあはてゝ顔をあからめ「アラ私は花園女史をすきだとは申しませんよ」
前へ 次へ
全18ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田沢 稲舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング