のだ、変遷《うつりかわり》の烈しいものだ! あのようなささいな物から、自分たちの運命が如何にも存在されるのだ!
 ある日曜のことであった。彼女は一週の疲労《つかれ》を癒するためシャンゼ・リゼイの方へ散歩に出かけた。その時フト[#「フト」に傍点]小児《こども》を連れている女に逢った。それは忘れもせぬフオレスチャ夫人で、依然として若く美しく口元に微笑さえ湛えていた。
 ロイゼルはなんとなく心を動かされた。今はもうまったく負債を消却した暁である、今までのことを打ち明けても差し支えはあるまい、そうだ、こう思いながら彼女は昔の友人の傍に立った。
「御機嫌よう」とまず言葉を掛けた。
 一方の友人はこの見なれぬ粗末な服装の女にさも慣々しく言葉をかけられたので、一方ならず吃驚《びっくり》してあわてながら、
「あなたは!――私一向に存知ませんが、もしや人違いでは御座いませんか」
「否、私はあのロイゼルでございますよ、お見忘れですか?」
「オヤ、あなたが――あのマシルドさん、まあ大層御様子がお変わりになったこと! 一体如何なすったのです」
「ハイ、今まで私も随分と色々な苦労をいたしましたよ。これもそれも、あのいつぞやお宅に拝措物に上がったのが原因《もと》なので――つまりあなたのためなので」
「私のためですって! それはまた如何して」
「あなたはあの夜会の時、私にお借下さったダイヤモンドの頸飾りを記憶《おぼ》えていらっしゃいましょう?」
「ハイ、よく覚えております。それで?」
「実は、あれを私が失なしましたので」
「何ですって、あなたは自分で宅までお持ちになったじゃありませんか?」
「ハイ、それはよく似た代りのを差し上げたので。私共はそれを買いますのにそれはそれは大変な借財をいたしまして、ようやく十年という長い月日をかけて、ようやくそれを返済することが出来ましたので、無一物の私たちの身に取りまして、如何の位辛うどざいましたか、少しはお察しを願います」
 フオレスチャ夫人はちょっと黙した、がやがて、
「それなら、あの、あなたは代りにダイヤモンドの頸飾りを買って返して下さったのですね」
「ハイ、それなら、あなたは今までそれをお気づきなさらなかったのですか、もっとも大層よく似ておりましたから」
 で、彼女の傲り気は一種の無耶気な様子を示して微笑んだ。
 フオレスチャ夫人は真底から動かされてロイゼルの両手をしっかりと握った。
「あ、あ、お気の毒な、マシルドさん! 私のあれは人造で、せいぜい五百フラン位なものだったのですよ!」



底本:「辻潤全集 第八巻」五月書房
   1982(昭和57)年10月30日
初出:「実験教育指針」教育指針社
   1908(明治41)年9月
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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