これだけであります。なにとぞ、ご存分にわたくしをご処刑願います」

 異様な沈黙が法廷を重くるしく圧《お》しつけているらしく、満廷、水をうったようにシーンと静まり返っている。群集はまだ何ものかを待っている容子《ようす》であった。やがて陪審員は合議をするために法廷を出て行った。
 それから数分たって、陪審員が再び法廷に戻って来た時には、被告はいささかも悪びれる容子はなく、無念無想、もはや何事も考えてさえいないように見えた。
 裁判長はやがて法廷の慣用語をつかって、陪審員が被告に無罪の判決を下したことを、彼に云い渡した。
 しかし彼は身うごき一つしなかった。が、傍聴席からはどッと拍手が起った。



底本:「モオパッサン短篇集 初雪 他九篇」改造文庫、改造社出版
   1937(昭和12)年10月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴方→あなた 或る→ある 或は→あるいは 謂わば→いわば (て)置→お 此→この 而して→しかして 暫く→しばらく (て)了→しま 
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