だから遠慮もいりはしないが、とにかくここから出ることにしよう。もうお巡りさんの廻って来る時間だ、見つかるとまたうるさい」
 お巡りさんといわれて、寺内氏はハッとなったという。それまで考えてもみなかった淋しさが、潮のように氏の胸をとりかこんだ。氏は老人に続いて、何を考える暇もなく立ち上がった。そして池畔《ちはん》のわずかだった休息から、今はすっかり暗くなった六区の石畳の道へと出たのである。
 石畳へ出て二、三歩行きかけた時、
「そうだ、行く前に風呂へ入らないかな、相当疲れているんだろう?」
 と老人が立ちどまった。氏は別にその時入りたいとは思わなかったが、今更《いまさら》老人に逆らってみてもはじまらないといった気持で、御意に従う旨を表情で示すと、
「じゃちょいとここで待っていてくれ、俺が今湯銭をこしらえて来るから――」
 そのままシネマG館の角を曲がって、しばらく老人は姿を消した。
 湯銭をこしらえて来るとはどういう意味なのであろう、まさか、盗んで来るというのではあるまいが――? 氏はいよいよ老人の正体を考えあぐんで、変な自分のこの半時間たらずの行動を、今更のようにふりかえってみるのだっ
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