り、しかも一面識もなかった人から、いわば無理強《むりじ》い聞かされた形だったので、単に面白いくらいに思い捨てていたわけだが、それが今、氏が自殺したのだと聞いてみると、当時の氏のはなはだ真剣であった様子や、それからこの物語に、何等《なんら》論理的まちがいのないことなどが今更《いまさら》のように考えられるのである。
 氏は物語の合間合間、自分の正しいことを力説したが、今から考えてみると、その無闇《むやみ》な激昂《げっこう》や他に対する嫌味《いやみ》なまでの罵倒《ばとう》も、皆自殺する前の悲しい叫びとして、私には充分理解できる気がする。
 氏はこの物語を、私以前の誰かへも話したかもしれぬ。が、物語がひどく私達の常識からかけ離れているのと、それから場所、人に対する成心《せいしん》の故とで、おそらく誰にも信じてはもらえなかったであろう。氏としては自殺するより他、路《みち》がなかったのに違いない。かくいう私でさえもが、当時、物語の面白さについ釣りこまれて、監視された氏の部屋に二時間近くも対座していたにはいたが、いついかなる傷害をこうむろうともしれぬ不安から、すわといえばただちに飛び出し得る覚悟だけ
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