やるぞ」
朝になって気の強くなっている田中君である。昼近くまでかかって屋敷の周囲を実に微細に捜査した。だが、前日と変っている点は、門のあたりの溝近くに一ヶ所、荷車でも落ち込んだかと思う大きな轍《わだち》の穴が出来ているばかりで、他に何の特別なものも発見は出来なかった。
あの向いの主人は、たしか職業が知れないとか聞いている。以前は上海《シャンハイ》あたりをウロついていたとかの噂もある。ひょっとすると、あいつ、昨日の暴風雨の晩に訪ねて来た古い悪仲間を、暴を幸いに殺っつけて、そして朝までに死体の始末をちゃんとしたのではあるまいか。出来ない理屈ではないではないか――
田中君はそれから三時間ばかり、門内に立って向いの家をにらみつづけていた。田中君はその恐ろしい感情で、自分が三時間ものながい間、庭に立ちつくしていることをすっかり失念していたのである。
が三時間たって、田中君は馬鹿々々しいこの物語の結末に逢着した。
二人の、半纏着の人間が、その門の前までやって来て、行くのか帰るのか、例の轍の穴を指しながら大声に話したには――
「こん畜生だよ、あの暴のもう十一時過ぎていたナ、ここまで来るとこの穴ん中へ落ちこんで、馬のやつがどうしても動かねえ。呶鳴《どな》りつけたってどうしたって、仕方がねえから可哀想だが縄っ端でビシビシ打っ叩いてやったんだが、引っぱたく度に鳴きやあがって、そしてよろけるもんだから、このお屋敷の塀に打つかって、おら、塀を壊しやしねえかと思ってね……」
田中君は、二人の半纏が立ち去ってから、こっそりと門を出てその穴を見に行った。たしかに馬力の落ち込んだ穴であった。
[#地付き](「探偵クラブ」一九三二年十二月)
底本:「「探偵クラブ」傑作選 幻の探偵雑誌8」光文社文庫、光文社
2001(平成13)年12月20日初版1刷発行
初出:「探偵クラブ」
1932(昭和7)年12月号
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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