鎌倉でみて来た京子の死は一体何を意味するのだろう。京子は自分に「完全なる犯罪」を実証するために自殺したというのだろうか。
 いやいや、そんな馬鹿々々しいことが信じられる筈がない。
 誰かが、見えざる敵が、自分と京子を操っているのだ。そして、「完全な犯罪」劇を演ずるために、京子を被害者に、自分を加害者に選んだのに違いないのだ。だが、そいつは一体何者だろう。
 星田の頭には、又しても、あの気味の悪い、鋭い眼の持主のことが浮んできた。
「あいつだ! あいつが何も彼も操っている人形師なのだ」
 しかし、残念なことには、女給たちの誰もが、その男については何一つ知らなかった。その男ばかりではない。もう一人の洋装の女についても知っている者はなかった。
 しかし、星田はもう決して失望しなかった。あの二人が京子と一緒だったという以上、最近の京子の生活状態を調べてゆけば、必ずや彼等の素性が分るものと思い込んだからである。
 星田は一先ず家へ帰って、もう一度よくこの問題を考えてみようと思った。しかし、彼が一歩、自分の部屋へ入った刹那星田代二は真蒼になってそこに凝結した。
 部屋の中には、正岡警部がいた。そして警部の背後には、明かに刑事と思われる二人の人物がいかめしい顔をして突っ立っているのを見たのである。
「星田君! 気の毒だが警視庁まで来て貰おう」
 警部は重々しい口調でそういった。
「ナ、何んのためです!」
 星田代二は辛うじて扉《ドア》の側で身を支えた。
「何のため? それは今更説明する迄もあるまい。宮部京子|殺《ごろし》の嫌疑者として――」



底本:「「探偵クラブ」傑作選 幻の探偵雑誌8」光文社文庫、光文社
   2001(平成13)年12月20日初版1刷発行
初出:「探偵クラブ」
   1932(昭和7)年11月号
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年4月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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