手に入るんだがね」
「女中がこの男の様子があんまり真剣だったので恐くなって、すりぬけるようにしていつも食事を渡すことになってる厩舎の窓のところへ駈けて行った。と、ハンタはもう窓を開けて、小さなテーブルに向って食事をしていた。ネッド実はいまこれこれだと話しかけてると、そこへまたも先刻《さっき》の男が追っかけて来た。
「今晩は」男は窓から中を覗き込みながら、「実はお前さんに少々話したいことがあるんですがね」とハンタに声をかけたが、その時に手に握っていた小さな紙包の端がチラッと見えたと、後で女中は断言している。
「何用で来なすったのかね?」ハンタは反問した。
「お前さんの儲かる耳よりな話なんだがね。ここにはウェセクス賞杯戦に出る馬が二頭いる――白銀と栗毛と――お前さん確実な予想を教えてくれませんかね、決して悪いようにはしないが。重量の点で、栗毛は八分の五哩で白銀に百ヤードは分があるというんで、馬主筋はみんな栗毛に賭けたというが本当かね?」
「うむ、さては手前は馬の様子を探りに来たスパイだな? よしッ! キングス・パイランドではスパイをどう扱うか見せてやろう」とハンタは叫んで、犬を放しに走った。女中はそのまま家の方へ駈け戻ったが、走りながら振返ってみると、その男は窓から中へ半身を乗り入れるようにしていたという。けれどもそれから一分間後に、ハンタが犬をつれて外へ飛び出して見た時には、もうその男はいなかったので、厩舎のまわりを駈けずりまわって探してみたが、どこにも姿は見えなかった。」[#「」」は底本では欠落]
「ちょっと」
 私はホームズを遮った。
「ハンタは犬をつれて飛び出した時、厩舎の戸締りをしないでおったのかい?」
「素敵! 素敵だ! その点が非常に大切だと思ったから、僕は昨日ダートムアへ電報を打って訊ねてみた。ハンタは出る時鍵をかけたそうだ。そして窓は、人間の入れるほどの大きさはないという。
 ハンタは仲間が食事から帰って来るのを待って、親方の調馬師に事の次第を報告に出かけた。ストレーカはそれをきくとひどく昂奮して、それが何を意味するか分らなかったらしいが、漠然たる不安を感じたらしかった。そして夜の一時に細君がふと眼を覚ましてみると、服を着かけていたという。細君が驚いてその理由《わけ》を訊ねると、馬のことが心配になって眠れないから、厩舎に間違いでもないかを見に行くつもりだという。ちょうど雨が窓を打つ音をきいたので、細君はどうぞ家《うち》にいてくれと願ったが、泣かんばかりに願ったが肯《きき》入れないで、大きな雨外套に身を包んでそのまま出ていってしまった。
 細君が翌朝眼を覚ましたのは七時だった。が、その時はまだストレーカは帰っていなかった。そこで細君は急いで着物を着て、女中を呼んで一緒に厩舎まで行ってみた。すると、厩舎の戸は開け放しになっていて、中にはハンタが椅子にうずくまって深い深い眠りに落ちているばかりで、白銀の厩舎は藻抜けの殻で、ストレーカの姿も見えなかった。
 馬具部屋の二階の乾草の中に眠っている二人の若い者をすぐに呼び起したが、二人とも寝ぼすけな性質《たち》なので、夜中に何もきかなかったという。ハンタはむろん強い薬品のために眠っているのに違いなかった。ゆり起してみたが、全く正体なく眠っているので、それはそのままにしておいて、二人の若者と二人の女とで、ストレーカと白銀とを探しに[#「に」は底本では「た」]飛び出して行った。というのは、ストレーカが何かの理由で朝早くから白銀を運動させにつれて行ったものだろうと思われたから。だが、厩舎の傍の低い丘へかけ上ってみると、そこからは八方の荒地《あれち》が見渡せるが、どっちを見ても名馬の影すら見えないばかりか、何か不吉なことが起ったんだなという予感を起させられたのだった。
 厩舎から四分の一哩ばかりのところのはりえにしだ[#「はりえにしだ」に傍点]の藪にストレーカの外套が引っかかっていた。そしてすぐその先に鉢形の凹《くぼ》みがあって、その底に不幸な調馬師の死体が発見された。何か重い兇器でやられたらしく、頭蓋骨は粉砕され、腿にも傷があった。腿の傷は極めて鋭い兇器でやられたらしく、長く鮮かに切られていた。ストレーカ自身もよほど烈しく抵抗したものと見え、右の手には柄元までべっとり血のついた小さなナイフをしっかりと握り、左の手には赤と黒との絹の襟飾《ネクタイ》を掴んでいた。この襟飾《ネクタイ》は、前夜厩舎へ来た見知らぬ男のつけていたものに間違いないと女中が申し立てた。
 昏睡からさめたハンタも、この襟飾《ネクタイ》の持主に関しては同様のことを証言した。そして自分がこんなに眠ったのも、あの男が窓の外に立ってる時、羊のカレー料理に薬を混ぜたのに相違ないと力んだ。
 失踪した名馬に関しては、ストレーカ
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