の上に更に不思議なことには、その間には彼が遁《に》げこむような、横道は決して無いのでございます」
ホームズは喜色を漏らして、彼の手をさすった。
「この事件はなかなか特色がある」
彼は云った。
「あなたが道の曲り角をまがってから、道路の上に誰も居なくなったのを見たのは、どのくらいの時間がたってからでした?」
「まあ、せいぜい二分か三分だと思いましたが、――」
「それではその者は、道を真直ぐに遁げ帰ったはずはないが、――またそこには全く、横道もないと云うのですな?」
「ございません」
「それではその者は、どっちかの側に、遁げこんだのでしょう、――」
「もしそうだとすれば、それは荒地の方なはずはありません。もしそうでしたら、私から見えたはずでしたから、――」
「それでは我々は結局、その者はチァーリントン廃院の中に遁げこんだに相違ないと、考えることが出来ますな。いや私も知っていますが、あのチァーリントンの廃院は、すぐ道路の側《そば》になっていますからね。その外に何かありましたか?」
「ホームズ先生、もうそれだけでございますが、どうも私は先生にお目にかかって、いろいろと伺わない中《うち》は安心が出来ませんので、――」
ホームズはしばらくの間はただじっと黙していた。
「あなたの御婚約の方は、どちらに居らっしゃるのですか?」
彼はようやく口を開いた。
「コヴェントリーの、ミドランド電気会社に居りますの」
「不意にあなたを訪問して来るようなことは、ありませんでしたか?」
「あら、ホームズ先生、それでは私がまるであの人を知らないようではございませんの?」
「その他にまだあなたを好きな人がありましたか?」
「シイリールを知る前に、少しございましたわ」
「その後には?」
「その後でしたら、あの怖ろしいウードレーでございます。まあもしあの男もそうだとお思いになるならでございますが、――」
「その他にはありませんか、――その他には?」
この美しい若い依頼者は、ちょっと困った形であった。
「いや、それではあの人はどんな人ですかね?」
ホームズは訊ねた。
「ああ、――でもこれはただ私だけの想像なんでございますけれど、私にはあの主人のカラザースさんは、とても興味を持っていると思われることが時々ございましたわ。私たちは、全く開けっ放しで、夜は私はあの方の伴奏を弾きました。もちろんしかし彼
前へ
次へ
全26ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドイル アーサー・コナン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング