ね。しかしランプではどうしたって穴をこがさずにはつけられないよ。しかもこいつは右側がこげている。そこで僕はこの男が左利きだと推察したんだ。――君のパイプをランプの所へ持ってってみたまえ。右の手でだよ、すると自然にパイプの左側が穴にあたるようになるから。けれどその反対にすると、それと同じようにゃいかないから。つまりこれを始終やってたんだね。――それからこの男は琥珀の所を噛みつぶしている。それは体格のいい勢力家《せいりょくか》がよくやるし、また歯の丈夫な人がよくやることだよ。――オット、奴《やっこ》さんたしかに階段を登って来るらしいぞ、さあこうなるとパイプの詮議立てなんかしているより面白くなるて……」
と云っているとほどなく、私達の部屋の入口が開かれた。そして背の高い若い男が這入って来た。彼は暗い灰色の品《しな》のよい上品な服を着て、褐色の中折帽《なかおれぼう》を手に持っていた。実際はそれより二三年は年をとっていたのだが、私は卅歳《さんじっさい》ぐらいと見当をつけた。
「ごめん下さい」
と彼は、まごつきながら云った。
「ノックしなければなりませんでしたでしょうか? ――いえ、そりア無論私はノックすべきでした。けれど実は私、少しあわてておりましたもので、どうぞ御勘弁下さい」
彼は目まいした人がするように手で額の汗を拭いた。そして腰かけると云うよりはむしろ倒れるように椅子に腰をおろした。
「あなたは二晩ほどお休みになりませんね」
とホームズは彼独特の気安い愛想《あいそう》のよい調子で云った。
「それが労働よりも歓楽よりも一番からだにこたえますよ。――何か私で出来ることがあったらご遠慮なくおっしゃって下さい」
「あなたに相談にのっていただきたいんです。私は途方に暮ているんです。私の生涯は滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になろうとしているんです」
「あなたは私を探偵顧問にお雇いになりたいんですか?」
「それだけじゃアありません。世界的な人物のあなたに、――頭のすぐれているあなたに判断していただきたいんです。これからどうすべきか云っていただきたいんです。そうしていただければ私はあなたをおがみます」
彼は昂奮して口ばたの筋肉をふるわせながら、まるで何かが爆発した時のように鋭い激しい調子でしゃべった。それで私は、彼にとってはしゃべることが非常に苦痛なんで、もう彼の理性では彼の感情を制
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