かしそこにも同じように誰もいませんでした。そこで私は二階に上っていってみましたが、しかし誰もいない空っぽの部屋が二つあるのを見出《みいだ》したばかり。家中《うちじゅう》に人一人いないのです。――飾ってある家具類や絵は至って平凡な凡俗なものばかりでしたが、私が、例の奇妙な顔を見た窓のついている寝室の中だけは別でした。そこは気持ちよく優雅に飾ってありました。が、そこの暖炉棚の上に、私の妻の等身大の肖像画が飾ってあるのを見つけた時、私の疑念は一時《いちじ》にムラムラと燃え上がりました。その肖像画と云うのは、たった三ヶ月前に私が望んで描かせたばかりのものだったのです。
 私は家《うち》の中がたしかに空っぽであると云うことを確かめるために、なおまだ長い間そこに立っておりました。が、やがて私は、何か今までに経験したことのない圧迫を感じて来て、私はその家《いえ》を出ました。そして私は家《うち》に帰りますと、妻は大広間に出て来ました。けれど私は彼女に話しかけるには、余りにイライラし腹が立っていましたので、ものも云わずにさっさと自分の部屋に這入ってしまいました。けれども彼女は、私が部屋のドアをしめないうちに、私について中に這入って来ました。
「ごめんなさい、約束を破って。ジャック」
 彼女は云いました。
「けれどもしあなたが、すべての事情を知って下すったら、きっと私を許して下さると思うわ」
「じア、すっかりお話し」
 と、私は云いました。
「話せないのジャック、話すことは出来ないの」
 彼女は叫びました。
「あの離れ家の中に住んでいるのは何者だか、そしてまた、お前があの肖像をやったのは何者だか、それをお前が話すまでは、私たちの間は夫婦でもなんでもないんだ」
 私はそう云うと、彼女から逃げて家《うち》を出てしまいました。――ホームズさん。それが昨日の事なんです。それ以来私は彼女に会いませんし、従ってこの奇妙な事件についても何も知りません。これは私達夫婦の間にかもされた最初の暗い影なのです。そして私はさんざん頭を悩ましたけれど、どうしたら一番よいのか分からないのです。――するとけさのことでした、ふと私は、あなたなら私の相談に乗って下さると思いついて、いそいでやって来たんです。そして何もかも腹臓《ふくぞう》なく申上げてあなたのお手にすがったわけなんです。――まだもしどこかはっきりしない点が
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