、それでなんでもなかったのです。けれど私はそれを思い出させられるような事件にぶつかってしまったんです。
 それは、――さきほど私は、私たちの家のじき近くに離れ家《や》が一つあると申しましたね。――その離れ家と私たちの家《うち》との間には、広っ場があるんです。けれどその離れ家に行くには、グルグルと路《みち》を廻って、狭い路《みち》をおりて行かなくてはならないんです。ちょうどその狭い路《みち》の辺《あたり》は、樅《もみ》の小森になっているんです。私はよくその辺《へん》をブラブラしました。実際木の繁っている所っていいものですからね。――ところで、その離れ家ですが、八ヶ月もの間|空家になっていたんです。空家にしておくには本当に惜しいんで、小綺麗な二階があって、古風な入口で、周囲にはスイカツラがからみついていました。私は何回となくその前に立止っては、これでちょっと気のきいた農園住宅風なものを作れると考えました。
 すると先週の月曜日の夕方のことでしたが、私が例によってその辺《へん》をブラブラしておりますと、その狭い途《みち》を何も積んでいない幌附《ほろつ》きの運搬車がやって来るのに出合いました。そしてその離れ家の入口の側《そば》にある芝生の上には、カーペットとかその他そんなものがおいてありました。――たしかに誰かがその離れ家に引越して来たんです。私はそれの前を通りすぎて立ち止りました。そしてよくブラブラしている人がやるように、その離れ家をボンヤリ眺めながら、私たちのすぐ近くへ来て住む人たちは、どんな種類の人なんだろうと想像してみました。と、私は、ふと、その家《うち》の二階の窓から、私をじっと見詰めている人の顔のあるのに気がつきました。
 私はその顔を見た瞬間、どう云うわけか知りませんけれど、ゾッとしましたよ、ホームズさん。――私はその家《うち》からかなり離れていたので、その顔をはっきり見定めることは出来ませんでしたけれど、何かこう気持ちの悪い惨忍そうな所がありました、それが私の受けた印象でした。――私は、私を見詰めているその顔をもっと近くでよく見てやろうと思って、いそいで近寄っていったんです。すると急にその顔は引込んじまいました。まるで不意に部屋の暗《やみ》の中に※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《も》ぎ取られたように、急に見えなくなってしまったんです。けれど私は
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