高い、男振りのよい、色の浅黒い顔で、灰色のフランネルの着物を着てパナマの帽子を冠り、剛《こわ》い黒い髭をはやし、高い圧倒的な鼻をうごめかして、籐の杖をふりまわしながらやって来た。彼は全く意気揚々として、小径をはばむようにして歩き、堂々と呼鈴《ベル》を押すのであった。
「諸君、――」
 ホームズは静かに云った。
「これは我々はドアの蔭にかくれた方がいいようだよ。あんな奴の相手になるには、うっかりしたことは出来ないからね。それから検察官、手錠が入りますよ。さあ黙って、――」
 一分間ほどの間――我々は息を殺して待った。忘れようとしても、決して忘れることの出来ない一分間であった。やがてドアは開いて、その男は中に入って来た。と、――思う中《うち》に、ホームズはピストルをその男の頭に狙いつけ、マーティンは素早く、手錠をはめてしまった。こうしたことが、全く疾風迅雷的にやられたので、流石の悪漢もただ茫然として、何もかもすんでからやっと、自分が待ち伏せをくったのだとわかった。その男は私達を、次から次と、その黒い鋭い目で睨みつけた。そして最後に、ゲラゲラと苦しい笑い声を上げた。
「いや各々方、なかなかうまく、仕組んだと云うわけですか、――これはとんだ災難に遭ったものだ。しかし僕はヒルトン・キューピット夫人の手紙に答えるために来たのです。夫人はここに居るかどうか、教えてくれないですか? 夫人は僕を陥れることに与《あず》ったのですか?」
「ヒルトン・キューピット夫人は、瀕死の重傷を負うているのだよ」
 その男は嗄《しわが》れた声で、家中に響き渡るように、悲叫《ひきょう》を上げた。
「あなた方は気が違っているのだ!」
 その男は激しく叫んだ。
「負傷したのはヒルトン・キューピットで、彼の女のはずはない。誰があの可愛いエルシーなどを傷つけるものか! 私は彼の女を威かしはしたかもしれないが、それは神様もお許し下さろう。――しかし私は彼の女の美しい頭の、髪の毛一本にさえも触れはしないのだ。さあそれを取り消しなさい。彼の女は決して負傷しないと云って下さい!」
「彼の女は死んだ夫の側《そば》に、ひどく怪我をしているのを発見されたのだ」
 彼は深い呻吟声《うめきごえ》を上げながら、腕椅子に崩れるように腰かけて、手錠のかかった両手で顔を蔽うた。五分くらいの間は、全く黙りこんでいたが、それからまた顔を起し
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