が鳴いていたし、見事に育った魚もたくさんいたし、家の中には、私の想像ではたぶん先代から受けついだものだろうと思うのであるが、ちょっとした文庫もあり、お料理も決してまずくはなかった。だからよほど気むずかしい男でない限り、そこで愉快に一ヶ月暮すことは何でもないことだった。
 トレヴォの父親は男やもめで、私の友達は彼の独り息子だったのだ。もっとも私のきいた所によると娘さんが一人あったんだそうだが、バーミングハムへいった時、ジフテリアで死んじまったのだそうだ。――この父親と云う人に、大変、僕は興味を持った。彼は余り学問はしていなかったが、しかし肉体的にも精神的にも素晴らしい原始的な力を持っていた。彼はほとんど、どんな本も読んではいなかったけれど、方々へ旅行し、世界のいろんな所を見聞し、そうして一度見たり聞いたりしたことはみんなちゃんと覚えていた。外見は頑丈な逞しく太った男で、灰色の頭の毛を生えるままにしておいて、日光にやけた赫ら顔で、碧い眼は、狂暴に近くさえ見えるほどに鋭かった。しかも彼はその田舎地方では、慈悲心と親切心とで有名であり、彼の判事席からかける言葉のやさしいことは、周知の所だったのだ。
 僕がそこへいってからまもなくある夕方のこと僕たちはお夕飯後に葡萄酒を飲みながら腰かけていた。と、その時トレヴォの息子は、僕が既に系統立ててあった、僕のこんな探偵的な観察や推理の癖について話しだしたんだ。もっとも僕はその時まだ一度も、それらを実際に応用しためしてみたことはなかったのだけれど。――ところが、老人は明かに、彼の息子が、僕のしたつまらない一つか二つの功績の話を、誇張して話しているんだとでも思ったのだね。
「じゃ、ホームズ君」
 と、彼はニコニコ笑いながら云うんだ。
「私は大事件にぶつかっとるんじゃが、それがどんなことか分かるかね」
「うまく当らないかもしれませんよ」
 と僕は答えた。
「この一年間のあいだ、あなたは誰かに襲われやしないかと云う恐怖をお持ちになっていたと思いますが」
 と、彼の唇からは笑いが消えてなくなり、彼はひどく驚いて僕の顔をじっと見詰めたのだ。
「そうです。その通りです」
 彼は答えた。
「ヴクトウ、お前は知っとるじゃろう」
 と、彼の息子のほうを見ながら
「あの密猟者隊を解散させた時、あいつ等が私を殺ろすと云ったのを。――そうしてエドワード・ホビー君は本当にやられたのじゃ。だから私はそれ以来、常に自分の身を用心しとる。――だが、君はどうしてそれが分かったのかね」
「あなたは実に素晴らしいステッキを持ってらっしゃるじゃありませんか」
 僕は答えた。
「僕はそこにある銘刻を見て、まだそれはあなたがお持ちになって一年とはたたないと思ったのです。だがあなたはそのステッキの頭に穴をおあけになって、それを頑丈な武器にお作りになるため、その穴の中に鉛をおつぎ込みになるには、ずいぶんお骨折りになったでしょう。――そんなわけで、もしあなたが何か身に危険を持っていらっしゃらない限り、そんな御用心をなさるわけはないと思ったのです」
「それからまだほかには?」
 彼は笑いながらきいた。
「あなたはお若い頃に、かなりはげしくボキシングをなさった」
「それも君の云う通りじゃ。――どうしてそれが分かったかね? 私の鼻すじでも少しねじれとるからね?」
「いいえ、そうじゃありません」
 僕は云ったよ。
「あなたのお耳です。それはボキシングをやる人特有の、独特な平たさと薄さとを持っていますよ」
「それからまだほかには?」
「あなたは鉱山で採鉱をかなりなすった。その手のタコ[#「タコ」に傍点]で分かります」
「私は私の財産は金鉱でつくったのです」
「ニュウジーランドにいらしったことがおありでしょう」
「それもその通りじゃ」
「日本へいらしったでしょう」
「行きました」
「それからあなたは、頭文字がJ・Aと云う方と、非常に近しくなすっていらっしゃったでしょう。そうしてその後あなたは、その方のことはほとんどお忘れになっていらしった」
 トレヴォ氏は静かに立ち上って彼の大きな碧い両眼を、不思議そうに僕の上に注いだ。そしてじっと僕を見詰めていた。が、やがて、彼は気が遠くなったもののように、バタと前へのめって、そこに出してあった胡桃《くるみ》の中に顔を突っ込んだ。
 その時、彼の息子と僕とは、どんなにびっくりしたか分かるだろう。ワトソン。――けれどこの激動はまもなくなおった。僕たちが彼のカラーをはずしてコップから水を彼の顔の上にふきかけてやると、一二度呼吸をひいていたが、やがて起き上った。
「ああ、お前たち!」
 彼は無理に笑いながら云った。
「もう大丈夫だから安心して下さい。――私は強そうに見えて、心に弱い所があるのですな。でも、私の命をとるほどではない
前へ 次へ
全12ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ドイル アーサー・コナン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング