くらいの興奮した様子を見せたりしていた。「遠眼鏡屋」で黒犬を見てから私の例の疑念はすっかり再び呼び覚されていたので、私はその料理番《コック》をよく気をつけて注視していた。しかし、彼は私などにわかるには余りに心が深く、余りに悟り早く、余りに利口だった。そして、さっきの二人の男が息を切らして戻って来て、追っかけて行った奴を人込みの中で見失ってしまったと言って、まるで泥棒などのように呶鳴《どな》りつけられている頃には、私はのっぽのジョン・シルヴァーの潔白なことを請合ってもいいくらいの気特になっていたのであった。
「ねえ、ホーキンズ、」と彼は言った。「俺《わし》のような人間にもこんな情ねえ辛《つれ》えことがあるんだ。わしなあ、そうじゃねえかい? トゥリローニー船長がねえ、――あの方《かた》はどう思いなさるかなあ? いめいめしいあん畜生めが、俺の家《うち》に坐りこんで、俺んとこのラムを飲んでやがったなんて! そこへ君がやって来て、そいつをはっきり言ってくれたのだ。それだのに俺は、このいまいましい眼の前で、みすみす奴を逃がしちまったんだ! で、ホーキンズ、君は船長さんと一緒に俺を公平に判断しておくれ。君は子供だ。子供じゃあるが、ペンキみてえにはしっこい。それは君が初めて入《へえ》って来た時に俺にゃあちゃんとわかってるんだ。で、こういう訳だよ。こんな古|棒片《ぼうぎれ》をついてぴょっこぴょこ歩いてる俺に、何が出来るかね? 俺も丈夫な船長だった時なら、すぐに訳なく奴に追っついて、さっそくひっ捕えてくれるんだ。そうともよ。だがこれじゃあ――」
 と言いかけて、突然、言葉を切り、そして、何かを思い出したように口をあんぐり開けた。
「勘定を!」と彼は喚いた。「ラムが三杯だ! えい、こん畜生、勘定のことを忘れちまうなんて!」
 そして、腰掛にどかんと腰を落して、彼は涙が頬を流れ落ちるまで笑いこけた。私もそれにひきこまれずにはいられなかった。そして私たちは一緒に笑い続けたので、酒場中が鳴り響いた。
「やれやれ、己も何てやくざな老いぼれ水夫になったものだろう!」と彼はようやく頬を拭いながら言った。「君と俺とは仲よくしような、ホーキンズ。これじゃあ俺もきっと船のボーイ並《なみ》に扱われるだろうからねえ。だが、さあ、出かける用意をし給え。こうしちゃいられねえ。義務は義務だ、なあ君。俺も自分の古ぼけ
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