に大きな安堵の色が現われたのを見て不思議に思った。また、彼がついてこようとして葡萄酒を下に置いたとき、それにはまだ口がつけてないのを見て、それも不思議に思った。
 その夜は、風の強い、寒い、いかにもその季節らしい、三月の夜であった。蒼白い月が風に吹きかえされたかのように仰向きになって懸っていて、まるで透きとおった寒冷紗のような薄雲《うすぐも》が一つ空を飛んでいた。風のために話をすることも出来ず、顔には赤い斑が出来た。おまけに、風に吹き払われてしまったように街路にはいつになく人通りがなかった。アッタスン氏はロンドンのこの部分がこんなに人気《ひとけ》のないのは、これまでに見たことがないと思ったくらいだった。彼は人通りがあればいいがと思った。人間に会って触ってみたいという、これほどに烈しい欲望を感じたことは、これまで一度もなかった。どんなに払いのけようと努めても、何か禍いがおこってきそうな強い予感をひしひしと感じないではいられなかったからである。広辻《スクエア》のところまでやってくると、そこは一面に風と埃とが舞っていて、庭園の細い樹々は柵にぶっつかっていた。途中ずっと一二歩先に立って歩いてき
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