る信仰についての書物で、それに彼自身の手跡で、神への驚くべき不敬の言葉が書き込んであるのを見て、アッタスンは非常に驚いた。
それから、二人がその部屋を調べているうちに、姿見鏡のところへやって来て、思わずぞっとして鏡の奥をのぞき込んだ。しかし、鏡のむき工合で、ただ、天井にちらちらしている薔薇色の光と、戸棚の硝子戸に幾つにもなって映っているきらきら光る炉火と、屈んでのぞき込んでいる自分たちの蒼ざめた恐ろしげな顔とのほかには、何も映って見えなかった。
「この鏡はいろいろ不思議なことを映したのでございますよ、旦那さま、」とプールが囁いた。
「それに、こんな鏡があるということが確かに何よりも不思議だよ、」と同じ調子で弁護士が言った。「なぜって言えば、一たい何だってジーキルは、」――彼はその言葉にぎょっとして止めたが、やがてその気の弱さに打ち勝って、「一たい何だってジーキルはこんなものが必要だったのだろう?」と言った。
「全くさようでございますねえ!」とプールが言った。
次に彼らは事務用テーブルの方へ行った。その机の上には、きちんと並べた書類の中に、一通の大きな封筒が一番上にあって、それには博士の筆跡でアッタスン氏の名が書いてあった。弁護士がそれを開封すると、数通の封入書が床に落ちた。第一のは遺言書で、六カ月前に彼が返したのと同一のあの奇妙な条件で作られ、博士の死亡の場合には遺言状となり、失踪の場合には財産贈与証書となるものであった。しかし、エドワード・ハイドという名の代りにゲーブリエル・ジョン・アッタスンという名が書いてあるのを見て、弁護士は言うに言われぬほど驚いた。彼はプールを見、それからまたその証書を見、最後に絨毯の上に横たわっている犯罪者の死体を見た。「頭がぐらぐらする、」と彼が言った。「この男はこのあいだじゅうずっとどうかしていたのだ。この男が僕を好く訳がない。自分の名前を僕の名前に書き換えられているのを見て非常に怒ったはずだ。それだのにこの証書を破り棄てていないのだからね。」
彼は第二の書類を取り上げた。それは博士の筆跡の簡単な手紙で、一番上に日付が書いてあった。「おや、プール!」と弁護士は叫んだ。「博士は生きていたのだ、今日ここにいたのだ。そんな暫くの間に殺されてしまうはずがない、まだ生きているに違いない、逃げたに違いないよ! とすると、なぜ逃げたんだろう? 逃げたとすると、我々はこの自殺を発表してもよいだろうか? うむ、我々は慎重にならねばならん。うっかりすると、おまえの御主人を何か恐ろしい災難の中へ巻き込むようなことになるかも知れないぞ。」
「どうしてそれをお読みにならないんですか、旦那さま?」とプールが尋ねた。
「恐ろしいからだ、」と弁護士は重々しい口調で答えた。「どうか恐ろしがる理由なぞがありませんように!」そう言うと彼はその手紙を眼のところへ持って行って、次のように読んだ。――
[#ここから1字下げ]
「親愛なるアッタスン。――この手紙が君の手に入る時には私は失踪しているでしょう。どういう事情によってかは私には予想することはできないが、しかし、私の直覚と、私の言い表わしようのない境遇のすべての事情とは、もう終りが確実で、しかも間近いということを私に告げるのです。その時には、行って、先ずラニョンが君の手に渡すと私に予告していた手記を読んでいただきたい。そして、もし君がもっとよく知りたいと思うならば、私の告白を読んで下さい。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から9字上げ]君の価値なき不幸なる友、
[#地から2字上げ]ヘンリー・ジーキル。」
「もう一つ封書があったね?」とアッタスンが尋ねた。
「ここにございます、旦那さま、」とプールが言って、数カ所で封じてあるかなりの包みを彼の手に渡した。
弁護士はそれをポケットに入れた。「僕はこの書類については一切しゃべらぬつもりだ。おまえの御主人が逃げられたにしても死んでおられたにしても、我々は少なくともあの人の評判を傷つけぬようにすることができるのだ。今は十時だ。僕は家へ帰って落着いてこの記録を読まなければならん。しかし十二時前には戻ってくる。それから警察へ届けることにしよう。」
二人は階段講堂のドアに錠を下ろして、外へ出た。そしてアッタスンは、広間の暖炉のあたりに集まっている召使たちをもう一度あとに残して、今こそこの謎をいよいよ明らかにするであろう二つの手記を読むために、自分の事務所へとぼとぼと帰っていった。
ラニョン博士の手記
今から四日前の一月九日に、私は夕方の配達で書留の手紙を一通うけ取ったが、それには私の同僚であって、古い同窓であるヘンリー・ジーキルの手跡で宛名が書いてあった。私は非常に驚いた。なぜなら、我々はふだん手紙をやりとりする習慣はまる
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