ました。するとそのとき恐ろしいことが起こったのですよ。というのは、その男が子供の体を平気で踏みつけて、子供が地べたで泣き叫んでいるのをそのままにして行ってしまうのです。聞いただけでは何でもないようですが、見ていては地獄のようなことでした。それは人間の仕業じゃない。憎らしい鬼か何かのような仕業でした。僕はこら待てっと叫んで、駆け出して行き、その男の襟をひっ掴んで、元のところまで連れ戻ったのですが、そこには泣き叫んでいる子供の周りにもう人だかりがしていました。その男はまるで平然としていて何の手向いもしませんでしたが、ただ僕を一目ぎろりと見た眼付きの気持の悪さときたら、僕は駆足をした時のようにびっしょり汗が出たくらいです。出て来た人たちは女の子の家の者で、間もなく医者もやって来ました。子供はさっきその医者を呼びに行ったのでしたがね。ところで、医者の話では、子供は大したこともなく、ただおびえたのだということでした。で、あなたはこれでこの話はすんだと思ったかも知れません。ところが一つ妙なことがあったのです。僕は例の男を一目見た時からむかつくほど嫌いでした。子供の家の者もやはりそうだったが、それはもちろん当然のことでしょう。だが、僕の驚いたのは医者の場合だったのです。その男は世間なみの平凡な医者で、特に年寄りでも若者でもなく、特別の変った様子もしてもいず、ひどいエディンバラ訛りがあって、嚢笛《ふくろぶえ》のように鈍感な男でした。それがねえ、その男もやはり僕たちほかの者みんなと同じなんです。僕のつかまえている男を見るたびに、そのお医者はそいつを殺してでもやりたい気持になって胸がむかむかして真っ蒼になるのが、僕にはわかったのです。僕が心の中で思っていることが医者にわかったように、医者が心の中で思っていることも僕にはわかりました。でも、殺すなんてできることじゃなし、我々はその次のできるだけのことをしてやりました。我々はその男に言ってやったのです。我々はその事を世間に公表して、君の名前がロンドンの端から端までも鼻つまみになるようにしてやることができるし、またそうしてやるつもりだ。もし君に友人なり信用なりがあるなら、我々は必ずそれをなくさせてやる、とね。そして、我々は猛烈にまくし立てている間じゅう、女たちをできるだけそいつに寄せつけないようにしていました。何しろ女たちは夜叉みたいに猛り立
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