晴れわたったある夜のこと、空気は霜を結ぶくらい寒く、街路は舞踏室の床《ゆか》のように奇麗で、街灯は、それを揺がす風もないので、光と影の模様をくっきりと描いていた。商店の閉ざされる十時になると、その横町はひどく淋しくなり、四方八方からロンドンの低いうなるような音が聞こえてはくるが、大へん静かになった。小さなもの音でも遠くまで聞こえた。道路のどちら側でも、家々の中から洩れて来るもの音がはっきりと聞きとれた。そして通行人の近づいて来る足音は、その当人よりもずっと前からわかった。アッタスン氏は、その見張場へ来てから数分たったころ、あの変な軽やかな足音が近づいて来るのに気がついた。毎夜見張りをしているうちに、彼は、たった一人の人間の足音でも、その人間がまだずっと遠くにいるうちに、市中の騒々しいどよめきから、突然にはっきりと聞こえてくるあの奇妙な感じに、もうとっくに慣れていた。しかし、この時ほど彼の注意が鋭くひきつけられたことは前には一度もなかった。それで、今度こそはどうもそうらしいという強い迷信的な予感を抱いて、彼は路地の入口へ身をひそめた。
 足音はずんずん近づいて来て、街の角を曲ると急に一そう大きくなった。弁護士は、入口からうかがうと、自分の相手にしなければならぬ人間の風態が直ぐにわかった。小男で、じみな服装をしていて、そんなに遠くから見てさえも、その男の顔付きは、どういうものか、弁護士にはひどく気に食わなかった。しかし、その男は近道をするために道路をよぎって、まっすぐに戸口の方へやって来た。そして歩きながら、わが家へ近づく人のようにポケットから鍵を取り出した。
 アッタスン氏は進みでて、通り過ぎようとするその男の肩にちょっと手を触れた。「ハイドさん、ですね?」
 ハイド氏ははっと息を吸いこみながらたじろいだ。しかし彼の恐れはほんの一瞬間だった。そして彼は弁護士をまとには見なかったが、大へん落着いて答えた、「それはわたしの名前です。何の御用ですか?」
「あなたがお入りになろうとするところをお見かけしたものですから、」と弁護士は答えた。「私はジーキル博士の旧友で、――ゴーント街のアッタスンという者ですが、――あなたは私の名前をお聞きになったことがあるに違いない。で、ちょうどいいところでお会いしたから、通して頂けるかも知れないと思ったのです。」
「あなたはジーキル博士には会え
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