と、永いあいだ勝手気ままにされていて、つい近ごろになって鎖で繋がれてしまった、私の下等な方面が、自由をもとめて唸りはじめた。と言っても、私がハイドを復活させようなどと夢にも思ったのではない。そんなことは思っただけでも私は気がふれるほど驚いたであろう。いや、私がもう一度自分の良心を弄ぶように誘惑されたのは、私自身のそのままの体でであった。私がとうとう誘惑の攻撃に負けてしまったのは、ありきたりの密かな罪人《つみびと》としてであったのだ。
すべてのものには終りがくる。どんなに大きな桝目でも遂には一ぱいになる。そして、私が自分の悪い心にちょっとの間でも従ったことは、とうとう私の心の平衡を破ってしまったのである。それでも私はそれに気がつかなかった。その堕落は、私が、私の発見をまだしなかった昔へ返るようにきわめて自然なことに思われた。美しく晴れた一月のある日のことであった。足の下は霜がとけていて湿っていたが、空には一片の雲もなかった。リージェント公園では冬の鳥の囀りがいたるところにきこえ、春の匂いが甘くただよっていた。私は日向《ひなた》でベンチに腰をかけていた。私のうちの獣性は過去の歓楽を思い出して舌なめずりをしていた。精神的方面は、あとになって悔やむことをわかっていながら、まだ動く気にならずに、うつらうつらしていた。結局、私は自分が隣人たちと同じなのだと考えた。それから、自分を他の人々と比べ、自分が慈善をして活動していることと、他人が冷酷に無頓着でなまけていることを比べて、微笑した。すると、そういう自惚れたことを思っている最中に、とつぜん気分が悪くなって、怖ろしい嘔き気ととても烈しい身ぶるいとにおそわれた。それがなくなると、私は気を失った。やがて、その失神も続いてしずまると、私は自分の考え方にある変化が起こり、一そう大胆になって、危険をみくびり、義務の束縛が解かれたのに気がつきはじめた。私は下を見た。私の衣服は縮まった手足にだらりと垂れさがり、膝の上に載っている手は筋張って毛だらけだった。私はまたもやエドワード・ハイドになっているのだ。一瞬前までは私は確かにすべての人の尊敬を受けて、富み、愛されていたし、――家の食堂には私のために食事の支度がしてあった。ところが今は、私は、狩り立てられていて、家もなく、あらゆる人々からのお尋ね者で、世間に知れわたった人殺しで、絞首台へ送られ
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