《てあし》も痺《しび》れる、腰《こし》も立《た》たん。
 が、助《たす》け出《だ》す筈《はづ》だつた女房《にようばう》を負《おぶ》つてなら……麓《ふもと》の温泉《をんせん》までは愚《おろか》な事《こと》、百里《ひやくり》、二百里《にひやくり》、故郷《こきやう》までも、東京《とうきやう》までも、貴様《きさま》の手《て》から救《すく》ふためには、飛《と》んでも帰《かへ》るつもりで居《ゐ》た。彫像《てうざう》一個《ひとつ》抱《だ》いて歩行《ある》くに持重《もちおも》りがして成《な》るものか! ……
 何故《なぜ》、様《ざま》を見《み》ろ、可気味《いゝきみ》だ、と高笑《たかわら》ひをして嘲弄《てうろう》しない。俺《おれ》が手《て》で棄《す》てたは棄《す》てたが、船《ふね》へ彫像《てうざう》を投《な》げたのは、貴様《きさま》が蹴込《けこ》んだも同然《どうぜん》だい。」と握《にぎ》つた拳《こぶし》をぶる/\震《ふる》はす、唇《くちびる》は白《しろ》く戦《おのゝ》く。
 老爺《ぢゞい》は遣瀬無《やるせな》い瞬《またゝき》して、
「芸《げい》もねえ、譫《あだ》けた事《こと》を言《い》はつしやるな。成程
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