》、はて、お前様《めえさま》、何《なに》言《い》はつしやる。何《ど》うさつしやる……気《き》を静《しづ》めてくらつせえよ。」
「否《いゝえ》、何《ど》うぞ、失礼《しつれい》ながらお名告《なの》り下《くだ》さい。御覧《ごらん》の通《とほ》り、私《わたくし》は何《ど》うかして居《ゐ》る。……夢《ゆめ》なんだか、現《うつゝ》なんだか、自分《じぶん》だか他人《たにん》だか、宛然《まるで》弁別《わきまへ》が無《な》いほどです――前刻《さつき》からお話《はな》し被為《なす》つた事《こと》も、其方《そちら》では唯《たゞ》あはあは笑《わら》つて居《ゐ》らつしやるのが、種々《いろ/\》な言《ことば》に成《な》つて、私《わたくし》の耳《みゝ》に聞《き》こえるのかも分《わか》りません。が、其《それ》に為《し》てもお聞《き》かせ下《くだ》さい。お名《な》が此《こ》の耳《みゝ》へ入《はい》れば、私《わたくし》は私《わたくし》だけで、承《うけたまは》つたことゝ了見《れうけん》します。香村雪枝《かむらゆきえ》つて言《い》ふんです。先生《せんせい》、真個《まつたく》は靱負《ゆきへ》と言《い》つて、昔《むかし》の侍《さむらひ》のやうな名《な》なんですが、其《それ》を其《そ》のまゝ雪《ゆき》の枝《えだ》と書《か》いて、号《がう》にして居《ゐ》る若輩《じやくはい》ものです。」
「えゝ/\、困《こま》つたな、これは。名《な》を言《い》へなら、言《い》ふだけれど、改《あらたま》つては面目《めんもく》ねえ。」
と天窓《あたま》を撫《な》でざまに、するりと顱巻《はちまき》を抜《ぬ》いて取《と》り、
「へい、些《ちつ》と爺《ぢゞい》には似合《にあ》ひましねえ、村《むら》の衆《しゆ》も笑《わら》ふでがすが、八才《やつつ》ぐれえな小児《こども》だね、へい、菊松《きくまつ》つて言《い》ふでがすよ。」
「菊松先生《きくまつせんせい》、貴下《あなた》は凡人《ぼんじん》では居《ゐ》らつしやらない。」
「勘弁《かんべん》して下《く》らつせえ。うゝとも、すうとも返答《へんたふ》打《う》つ術《すべ》もねえだ…私《わし》、先生《せんせい》と言《い》はれるは、臍《ほぞ》の緒《を》切《き》つては最初《はじめて》だでね。」
「何《なん》とも御謙遜《ごけんそん》で、申上《まをしあ》げやうもありません。大先生《だいせんせい》、貴下《あなた》で
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