しろあと》の天守《てんしゆ》だけ残《のこ》つたのが、翼《つばさ》を拡《ひろ》げて、鷲《わし》が中空《なかぞら》に翔《かけ》るか、と雲《くも》を破《やぶ》つて胸毛《むなげ》が白《しろ》い。と同《おな》じ高《たか》さに頂《いたゞき》を並《なら》べて、遠近《をちこち》の峯《みね》が、東雲《しのゝめ》を動《うご》きはじめる霞《かすみ》の上《うへ》に漾《たゞよ》つて、水紅色《ときいろ》と薄紫《うすむらさき》と相累《あひかさな》り、浅黄《あさぎ》と紺青《こんじやう》と対向《むかひあ》ふ、幽《かすか》に中《なか》に雪《ゆき》を被《かつ》いで、明星《みやうじやう》の余波《なごり》の如《ごと》く晃々《きら/\》と輝《かゞや》くのがある。……此《こ》の山中《さんちゆう》を、誰《たれ》と喧嘩《けんくわ》して、何処《どこ》から駆落《かけおち》して来《こ》やう? ……
 婦《をんな》は、と云《い》ふと、引担《ひつかつ》がれた手《て》は袖《そで》にくるまつて、有《あ》りや、無《な》しや、片手《かたて》もふら/\と下《さが》つて、何《なに》を便《たよ》るとも見《み》えず。臘《らふ》に白粉《おしろい》した、殆《ほとん》ど血《ち》の色《いろ》のない顔《かほ》を真向《まむき》に、ぱつちりとした二重瞼《ふたへまぶた》の黒目勝《くろめがち》なのを一杯《いつぱい》に※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》いて、瞬《またゝき》もしないまで。而《そ》して男《をとこ》の耳《みゝ》と、其《そ》の鬢《びん》と、すれ/\に顔《かほ》を並《なら》べた、一方《いつぱう》が小造《こづくり》な方《はう》ではないから、婦《をんな》の背《せ》が随分《ずいぶん》高《たか》い。
 然《さ》うかと思《おも》へば、帯《おび》から下《した》は、げつそりと風《ふう》が薄《うす》く、裙《すそ》は緊《しま》つたが、ふうわりとして力《ちから》が入《はい》らぬ。踵《かゝと》が浮《う》いて、恁《か》う、上《うへ》へ担《かつ》ぎ上《あ》げられて居《ゐ》さうな様子《やうす》。
 二人《ふたり》とも、それで、やがて膝《ひざ》の上《うへ》あたりまで、乱《みだ》れかゝつた枯蘆《かれあし》で蔽《おほ》はれた上《うへ》を、又《また》其《そ》の下《した》を這《は》ふ霞《かすみ》が隠《かく》す。
 最《もつと》も路《みち》のない処《ところ》を辿《たど》るので
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