ない。首《くび》を締《し》めて殺《ころ》さば殺《ころ》せで、這出《はひだ》すやうに頭《あたま》を突附《つきつ》けると、真黒《まつくろ》に成《な》つて小山《こやま》のやうな機関車《きくわんしや》が、づゝづと天窓《あたま》の上《うへ》を曳《ひ》いて通《とほ》ると、柔《やはらか》いものが乗《の》つたやうな気持《きもち》で、胸《むね》がふわ/\と浮上《うきあが》つて、反身《そりみ》に手足《てあし》をだらりと下《さ》げて、自分《じぶん》の身躰《からだ》が天井《てんじやう》へ附着《くつつ》く、と思《おも》ふとはつと目《め》が覚《さ》める、……夜《よ》は未《ま》だ明《あ》けないのです。
 同《おな》じやうな切《せつ》ない夢《ゆめ》を、幾度《いくたび》となく続《つゞ》けて見《み》て、半死半生《はんしはんせい》の躰《てい》で漸《や》つと我《われ》に返《かへ》つた時《とき》、亭主《ていしゆ》が、
『御国許《おくにもと》へ電報《でんぱう》をお掛《か》け被成《なさ》りましては如何《いかゞ》でござりませう。』と枕許《まくらもと》に坐《すは》つて居《ゐ》ました。
『馬鹿《ばか》な。』
と一言《いちごん》のもとに卻《しりぞ》けたんです。」

         十八

「怪我《けが》、過失《あやまち》、病気《びやうき》なら格別《かくべつ》、……如何《いか》に虚気《うつけ》なればと言《い》つて、」
 雪枝《ゆきえ》は老爺《ぢゞい》に此《これ》を語《かた》る時《とき》、濠端《ほりばた》の草《くさ》に胡座《あぐら》した片膝《かたひざ》に、握拳《にぎりこぶし》をぐい、と支《つ》いて腹《はら》に波立《なみた》つまで気兢《きほ》つて言《い》つた。
「女房《にようばう》が紛失《ふんしつ》した、と親類《しんるゐ》知己《ちき》へ電報《でんぱう》は掛《か》けられない。
『何《なに》しろ、最《も》う些《ちつ》と手懸《てがゝ》りの出来《でき》るまで其《それ》は見合《みあ》はせやう。』
『で、ござりまするが、念《ねん》のために、お国許《くにもと》へお知《し》らせに成《な》りましては如何《いかゞ》なもので、』
『可《いゝ》から、死骸《しがい》でも何《なん》でも見着《みつ》かつた時《とき》にせう。』
『其《そ》の、へい……死骸《しがい》が何《ど》うも、』
『何《なん》だ、死骸《しがい》が分《わか》らん。』
 私《わたし》は胸《
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