様《ぢざうさま》を拝《をが》まつしやる時刻《じこく》ぢや。
 何《なん》ぢやの、己《おら》が嬢様《ぢやうさま》に念《おもひ》が懸《かゝ》つて煩悩《ぼんなう》が起《お》きたのぢやの。うんにや、秘《かく》さつしやるな、おらが目《め》は赤《あか》くツても、白《しろ》いか黒《くろ》いかはちやんと見《み》える。
 地体《ぢたい》並《なみ》のものならば、嬢様《ぢやうさま》の手《て》が触《さは》つて那《あ》の水《みづ》を振舞《ふるま》はれて、今《いま》まで人間《にんげん》で居《ゐ》やう筈《はず》はない。
 牛《うし》か馬《うま》か、蟇《ひきがへる》か、猿《さる》か、蝙蝠《かはほり》か、何《なに》にせい飛《と》んだか跳《は》ねたかせねばならぬ。谷川《たにがは》から上《あが》つて来《き》さしつた時《とき》、手足《てあし》も顔《かほ》も人《ひと》ぢやから、おらあ魂消《たまげ》た位《くらゐ》、お前様《まへさま》それでも感心《かんしん》に志《こゝろざし》が堅固《けんご》ぢやから助《たす》かつたやうなものよ。
 何《なん》と、おらが曳《ひ》いて行《い》つた馬《うま》を見《み》さしつたらう、それで、孤家《ひとつや》で来《き》さつしやる山路《やまみち》で富山《とやま》の反魂丹売《はんごんたんうり》に逢《あ》はしつたといふではないか、それ見《み》さつせい、彼《あ》の助倍《すけべい》野郎《やらう》、疾《とう》に馬《うま》になつて、それ馬市《うまいち》で銭《おあし》になつて、お銭《あし》が、そうら此《こ》の鯉《こひ》に化《ば》けた。大好物《だいかうぶつ》で晩飯《ばんめし》の菜《さい》になさる、お嬢様《ぢやうさま》を一|体《たい》何《なん》じやと思《おも》はつしやるの。)」
 私《わたし》は思《おも》はず遮《さへぎ》つた。
「お上人《しやうにん》?」

         第二十六

 上人《しやうにん》は頷《うなづ》きながら呟《つぶや》いて、
「いや、先《ま》づ聞《き》かつしやい、彼《か》の孤家《ひとつや》の婦人《をんな》といふは、旧《もと》な、これも私《わし》には何《なに》かの縁《えん》があつた、あの恐《おそろし》い魔処《ましよ》へ入《はい》らうといふ岐道《そばみち》の水《みづ》が溢《あふ》れた往来《わうらい》で、百姓《ひやくしやう》が教《をし》へて、彼処《あすこ》は其《そ》の以前《いぜん》医者《いし
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