谷さんにふらんす語を教へて貫つて居た。摩文仁さんは帰つた。覚え憎いので今日《けふ》の稽古は見合せて貰つた。こんな頭の悪い時に習字でもして置かうと思つて自分の名だの良人の名だのを書いて居た。古尾谷さんに今朝《けさ》貰つた煙草《たばこ》を一|包《つゝみ》上げた。昨日《きのふ》程ではないがまだ頭痛がして来たので七時頃に横になつた。直《す》ぐ眠つてしまつて九時に目が覚《さ》めてまた十一時まで眠つた。起きてソツプを飲んでそれからこれをつけた。これから選歌をするのである。
 十日
 午前一時半に床《とこ》へ入《はい》つて、五時に目が覚《さ》めて六時過ぎに起きた。日々《にち/\》に送る歌を読まうとしたが娘さん達の来る頃だと思ふと何だか気が落ち着かなくて一つより歌が出来なかつた。女の子の二人は元園町へ遊びに行つた。送つて行つた秀《ひいづ》は帰つて来るとまた直《す》ぐ藤島さんへ行く光《みつ》と、水道橋の停車|場《ぢやう》まで一緒に行つた。天野さんが来て夫《それ》からお照《てる》さんが来た。桃の母親が仕立物を持つて来てくれた。私は大急ぎでつもり物を六枚分|拵《こしら》へてまた渡した。神保町で買つた襟をこの人に遣つた。二階へ行つて話して居る処《ところ》へ松本さんが来た。お照さんは歌を二つより持つて来なかつた。今日《けふ》は菊五郎|格子《がうし》の着物も着て来なかつた。お納戸地のあらい井桁の羽織を着て居た。可愛い顔をした人だと今日《けふ》も思つた。松本さんは入《はい》つて来た時に大きい背丈の人だと今日《けふ》も思つた。昨日《きのふ》の仮装会の帰りだと云つて阪本さんが車夫姿で来たから驚いた。良人《をつと》の手紙が配達された。謝肉祭《カイニバル》のことなどが書いてあつて、それから写真が着いたと云つて子供の顔がよく写つて居ない、私の焼鏝《やきこて》を当てた髪を下宿の細君が賞《ほ》めた、桃をふらんす人が美くしいと皆|賞《ほ》めるなどゝ書いてあつた。午後私は車に乗つて本郷へ行つた。生田《いくた》さんへ最初に行つたが生田さんはお留守であつた。奥様とお話して一時間程でお暇《いとま》した。庭からお座敷へ通る時の気持の好《い》い家だけれど、夢の中でよく入《はい》つて行《ゆ》く家のやうな暗い玄関は忘れたい気がする。千駄木町の平野さんの家へ行つて老夫婦に逢つた。大連|行《ゆ》きの支度で忙しさうであつた。森さんへ
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