あなど》りがたい技倆《ぎりょう》を古代においてしばしば実現しているから相当の自信を持ってよかろうと思う。

 わたしが此処《ここ》に想うこと考うることを奨《すす》めたのは、決して行うこと働くことを斥《しりぞ》けよというのではない。漫然と手のみを働かすよりは、頭脳を働かしてその順序立った思想の方針に由って手を働かしたならば、無意義の労働を省いて益々《ますます》有効に労働する事も出来、これまで手足の労働にのみ使用した時間を割《さ》いて、もっと幸福な生活――精神生活をも営み得ると思うのである。トルストイは「自己を改善するという事が人生の最も優れた行為だ」といった。我我日本婦人は特に急いで自己を賢くし、鋭敏にし、溌溂《はつらつ》たる「一人」にする事が必要である。

 あながち前に挙げたような宇宙人生の根本問題について最初から考えるに及ばない。とにかく何彼《なにか》につけて疑問を出《いだ》し理智を磨く習慣を作るのがよい。仏教で「智慧の光明」という事を説く。婦人に全く欠けているのは自己の無明闇夜《むみょうあんや》を照す智慧の光明である。理智を磨くには数学とか、進化論とか、動植物学とか、心理学とか、法律学経済学とかの書物を読む習慣を作るのもよい。読書をすれば自然心の天地が広くなって愚痴《ぐち》を破り、情念が高尚になって卑近な物質欲などで煩悩《ぼんのう》の火を焚《た》く事も減じて行き、日常の談話も上品になり、美貌《びぼう》ならぬ婦人も自然その風采が美くしくなるものである。天照大神《てんしょうだいじん》を礼拝する国の婦人は凡てに卑屈なる旧習を脱し、我より文明婦人の範を示すほどの自負が欲しいと思う。
[#下げて、地より1字あきで](『太陽』一九一一年一月)



底本:「与謝野晶子評論集」岩波文庫、岩波書店
   1985(昭和60)年8月16日初版発行
   1994(平成6年)年6月6日10刷発行
底本の親本:「一隅より」金尾文淵堂
   1911(明治44)年7月初版発行
入力:Nana ohbe
校正:門田裕志
2002年1月10日公開
青空文庫ファイル:
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