実です。平塚さんのように、「大多数の婦人は生涯結婚し分娩し得る時は来ないものと観念」するにも当りません。反対に、大多数の労働婦人が安全に結婚し分娩し得る幸福な時代は、富の分配を公平にする制度さえ人間が作れば容易に実現され得るものであることが予想されます。
現実の一面が固定的に膠着《こうちゃく》した状態にあるからといって、私たちの主張を「所詮実行不可能の理想」といわれるのは平塚さんにも似合わない臆断です。理想は現実を改造することを常に予想しています。そうして、現実の大部分は常に多少とも変動しつつあるものです。それに正当な方向の指導を与えて統一した推移を計るものが理想です。固定的に見える現実の一面ばかりを注視するなら、平塚さんも唱えられ、私たちも要求している恋愛結婚にしても、「今日の社会においては所詮実行不可能な理想」といわねばならないでしょう。この理由からして、平塚さんがその恋愛結婚の理想の主張を抛棄《ほうき》されたとも聞きません。むしろ一面に媒妁結婚が頑強な勢力を持っていればこそ、他面には恋愛結婚に対する憧憬が鬱然《うつぜん》として盛んな機運を作ろうとしつつあり、従って平塚さんのような先覚者がこの機運の順当な開展のために最善の指導を与えようと努力される必要があるのではないでしょうか。
平塚さんは、私の主張の中に独身者の増加の予想されることを婦人自身の不幸、国家の大損失だといわれましたが、現在のように、経済的に無力な大多数の女子が、それらのことを殆ど顧慮しないで同栖《どうせい》を急いでしまう軽率放縦な結婚が、媒妁結婚にせよ、恋愛結婚にせよ、どれだけ婦人自身は勿論、良人及び子供の不幸となり、それから生じる種々の道徳上及び物質上の欠陥がどれだけ社会の迷惑となり損失となっていることでしょう。平塚さんは此方の不幸と損失とを独身者の一時的増加に由る損失よりは小《ちいさ》いものとして、この経済的に無力な女子の軽率放縦な結婚をこのままに肯定し、かつ持続させて置こうとされるのでしょうか。
私たちは現在の女子が経済上の方面にも一つの自覚を起して、労働を常則として独立する積極的の実行に取掛り、これに由って現在及び将来の不幸から自ら解き放つことを主張するものですが、もし平塚さんのように、私たちの主張を拒まれるとすれば、現状のままに放置された無理想、無解決の大多数の女子は、益※[#二の字点、1−2−22]男子の寄生者として屈従の生活、一種の売淫生活を送る者の増加すると共に、男子に寄生し得ないで、平塚さんにおいては正当なる権利の主張として、私に取っては養育院の世話になる老衰者や癈人と同じ不幸な依頼主義者として、国家の特殊なる保護を要求する者が層一層繁殖して行く結果となるでしょう。
さなきだに、私は、近頃の都会において、売笑を職業とする婦人以外に、普通の家庭にある女子で、男子の注意を引くことの意志を最も露骨に示した、厚化粧と、過度な派手好みの服装と、厭うべき媚態とを備えた、娼婦型の女子の目立って増加したことについて、窃《ひそ》かに顰蹙《ひんしゅく》している一人です。それらの女子は精神的には勿論、経済的に無力なために、労働を以て独立しようとはせずに、廉恥も名誉も忘れて、唯だ身を以て男子に売ろうとしつつある者としか考えられません。これは男子の成金気質に附随して発生した一時的現象かも知れませんが、不完全ながらも現代の教育を受けた女子が、こういう風に頽廃した傾向を示すことは怖ろしいことだと思います。時代遅れの寄生的気分に満ちた、こういう懶惰《らんだ》な遊民的女子の将来が如何に不幸であるかは平塚さんも認められるでしょう。彼らが他日「母の職能を尽し得ないほどの貧困」に陥る危険が予想されているにかかわらず、その危険の時が来たら国家が彼らを保護する義務を当然持っているからと云って、現状のままに放擲《ほうてき》して置いて好いでしょうか。
平塚さんは「国家」というものに多大の期待をかけておられるようですが、この点も私と多少一致しがたいように考えます。平塚さんのいわれる「国家」は現状のままの国家ではなくて、勿論理想的に改造された国家の意味でしょう。それなら、個人の改造が第一の急務でなければなりません。改造された個人の力を集めなければ改造された国家は実現されないはずです。平塚さんは私への抗議の中で、なぜ「国家」を多く説いて、一言も個人の尊厳と可能性とに及ばれなかったのでしょうか。平塚さんの見識がもし個人の改造を首位に置かれたなら、女子を警醒して経済的に独立の精神を訓練させることが私たち各自の人格改造に最も急要な事実の一つであることを、私たちと共に同感されたであろうと思います。
「国家」の場合にだけ改造された国家を予想しながら、未来の女子と社会状態については改造されたそ
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