は御招待をして寛《ゆる》りとして頂きます」などと夫人は懷しい調子で云はれるのであつた。
「一寸お待ちなさい」
 と云つて、夫人は母屋の方へ行かれた。暫くすると露の滴る紅薔薇の花を澤山持つて來られた。
「二三日雨が多かつたものですから、わたしの庭の一番好い花を切つたのですけれど、この通なんですよ」
 と云つて、夫人は花を自分に渡された。自分は心のときめくのを覺えた。夫人は自分達を船乘場まで馬車で送らせると云つてその用意を命ぜられるのであつた。其間に椅子へお座りなさいなどと自分の爲に色色と心を遣はれた。製作場の向側にはギリシヤ邊《あた》りの古い美術品かと思はれる彫刻を施した圓い石や角な石が轉がつて居るのであつた。馬車の用意が出來た頃弟子がもう一人歸つて來た。夫人は返す返す再會を約して手を握られた。自分達三人は馬車の上でどんなに今日の幸福を祝ひ合つたか知れない。世界の偉人が此馬車に乘つて毎日停車場や船乘場へ行かれるのであると思ふ時、右の肱掛の薄茶色の切がほつれかかつたのも尊く思はれた。この歸りに更にロダン先生に逢つた事の嬉しさを今此旅先で※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]《そうそう》と書いてしまふのは惜しい氣がする。暫く一人で喜んで居よう。
[#地から3字上げ](六月廿日)



底本:「定本 與謝野晶子全集 第二十卷 評論感想集七」講談社
   1981(昭和56)年4月10日第1刷発行
※疑問点の確認に当たっては、「巴里より」金尾文淵堂、1914(大正3)年5月3日発行を参照しました。
入力:Nana ohbe
校正:今井忠夫
2003年12月15日作成
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