第に殖えて行くでせう。歐洲ではさう云ふ夫婦關係の人達がどの階級にも多數になつて行く傾向があります。之は學者の道徳論などで制し難い社會事實です。さう云ふ夫婦關係に於ては結婚と云ふ形式的なものが何でもないものになります。愛情が合へば協同關係を結び、愛情が破裂すれば別れてしまふ外ありません。さう云ふ社會事實と貞操道徳とは何うして一致されるでせうか。男女は必ず結婚すべきものと云ふ理想が動搖して居るのに、貞操の永久性と云ふものが何に由つて保證されるでせうか。
私は曩に「太陽」誌上で、私の貞操は道徳でない、私の貞操は趣味である、信仰である、潔癖であると云ふ意味のことを述べました。趣味や信仰や潔癖は他に強要すべき性質のものでありません。さうして私が私の貞操を絶對に愛重して居るのは藝術の美を愛し學問の眞を愛するやうに道徳以上の高く美くしい或物――假りに趣味とも信仰とも名づくべきものだと思つて居ます。若し貞操を道徳と云ふ名の下に實踐しようとするには、前述の疑惑を解決して何人に強要しても矛盾の無いことが徹底的に明白になつた上でなければ私は十分に滿足が出來ません。重ねて申します、私は貞操を尊重することを何人にも讓らないために敢て此一文を書きました。(一九一五年十一月)
底本:「定本 與謝野晶子全集 第十五卷 評論感想集二」講談社
1980(昭和55)年5月10日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:Juki
2004年1月28日作成
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