れも自分のやうな焦慮はして居ないが自分には是れが苦しいと云ふのである。
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やうやくに自らを知るかく云へば人あやまりて驕慢《けうまん》と聞く
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 此頃はやつと自分と云ふものが解つたやうな心境を得て居る。是れを自分は歌つて居るのであるがまま驕慢であるかのやうな誤解を受けると云ふのであつて、其事が並並の自覚と云ふものとは変つたものであることをも云はうとしたのである。
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白がちの桃色をして蓼の花涙ののちの頬《ほ》の如く立つ
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 細かに見れば蓼《たで》の花は白混りの薄紅であるが、受ける感じは白がちの時色《ときいろ》である。作者は細かに見て居ないのではなく、女の顔の涙の後の色の斑《まだ》らな薄紅の美を聯想したことで其れを現して居るのである。野の蓼の弱弱しい、然《し》かも若さの溢れたやうな姿は作者の好んだ所である。
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蝶を見て恋を思ひぬその蝶を捉へつるにも逃がしつるにも
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 目前に現れた蝶に由《よ》つて自分は恋愛と云ふものを考へさせられた。捉へ難いのを捉へ得た悦《よろこ》びにも、また手から逸してしまつた時の失望にもさうであつたと云ふので、美くしいと云はれる恋の本体を語つて居るのである。この歌などに作者の独特のよさを見るべきであらう。
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人の身の寂しき時は空を見て梢《こずゑ》も物を待つけしきかな
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 是れは少し言葉が省略されてあるからよく読まねばならない。人間の寂しさ[#「寂しさ」は底本では「寂し」]を深く覚える日には、目の前の木立の梢なども自分の如く、寂しさに堪へ切れない、奇蹟でも現れて来るのを待つ外はないと天を遥かに眺めて居るものとより見えないと云ふのである。
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たそがれの青き光に半面を空に向けつつ泣ける石像《せきざう》
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 青味のある夕明りの射《さ》して来る方へ半面を向けて居る石像は泣いて居ると云つたのであつて、その如く見えると云はず、其れであると云ふ手法を用ひたのである。女の像であることも説明なしに悟らしめたものである。私は佳い歌だと思ふ。
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不思議なりわ
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