の一つを破つてしまひたい気に自分はなつて居ると云ふのである。
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乾漆《かんしつ》か木彫《もくてう》かとて役人がゆびもて弾《はじ》く如意輪の像
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大和あたりの古い寺へ係りの役所の吏員が来て乾漆で成つた仏像か、木彫仏かと云つて、指で如意輪観音の黒ずんだ像を弾いて見てゐる。彼等は仏像そのものに対して不謹慎であるばかりでなく、いみじい古美術に何らの尊敬を払はうとして居ない。骨董品の性質を調べ上げて能事終るとして居ると云ふのであるが、是れも作者自身を見る世間の目を飽き足らず思つての作であらう。
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その人に我れ代らんと叫べども同じ重荷を負へばかひなし
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これは恋の歌ではなく、友情から発した悲憤の声であらうと思はれる。ある気の毒な境遇に居る人を自分の力で救ひ出さうと思つたが、顧れば自分もその人と同じだけの重荷を負つてゐて、身じろぎも出来ないのであつた。上げた叫びも空なものになつたと悲んで居る。
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美くしき太陽七つ出づと云ふ予言はなきやわが明日のため
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自分だけが見る世界には美くしい太陽が七つまで出るであらうと云ふやうな予言を聞く事が出来ないのであらうか。不運な自分にせめて未来をさう云つて力づけるものがあればいいのであるがと云ふ歌で、作者は空想をただ文字に並べて七つの太陽などとしたのではなく、望む所の美も富も恋も詩も輝やかしく明らかに想像してゐる。その幸福をもう一歩で手に取り得る自信を十分に持つて云つてゐるのが佳いのである。
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わかくして思ひ合ひたる楽しみを礎《いしずゑ》とする人間の塔
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青春時代に相思ひ合つた恋愛の囘想を根拠にして建てた、宗教の外の是れは人間の塔である。自分の礼拝するものはこの以外にないと云つてある。
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手ずれたる銀の箔をば見る如く疎《まば》らに光る猫柳かな
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銀箔の押された屏風が古びて黒くなり、それがまた手擦れて所所の光るのを見るやうな落ちついた快さと同じものを早春の猫柳は見せてゐると云つてある。上白んだ猫柳の芽の銀色はいかにもさうとより思はれない。疎らに附いて居ると
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