成立して、さて結婚という社会的法律的形式の一段に及んで、相手の男子が秘密にしていた花柳病のあるために健康診断書の提示を拒んだら、平塚さんたちは、法律の冷かにかつ峻厳に命ずる通り、その天にも地にも二つとない既成の尊貴な恋愛を即時に破棄されるつもりでしょうか。
私の体験を根拠としていえば、恋愛は高く遙かに政治や、法律や、科学や、論理の彼方《かなた》にあります。熱愛する一対の男女の中に健康診断書の有無が何であろうぞ。あるいは法律に由って恋愛の完成を擁護されることはあっても、如何なる場合にも恋愛が法律に由って拒まるべき性質のものではありません。平塚さんたちが花柳病と恋愛とを相殺されるほど、恋愛について浅薄な考を持たれると思われませんから、恐らくこの請願は、恋愛を無視した因習的結婚を認容した範囲において提出されるものであろうと想像する次第です。そうであるなら、この請願は平塚さんや私たちの恋愛結婚の主張と矛盾して、非常に妥協的なものとなります。この点はどう考えたら好いのでしょうか。
それから、私の今一つの疑問は、結婚について法律上の形式を無用視し、法律に由って保障される結婚の外に立って「共同生活」の名称の下に恋愛結婚を実現する自由な男女関係と、この請願とが如何にして融和されるかということです。昔からある内縁の夫婦と称する男女関係についてもどう調和されるのでしょうか。現に平塚さん自身が「共同生活」の実行者であって、久しく戸籍上及び民法上の旧式な夫婦生活から解放されておられるのですが、今に及んでこの請願を提出されることは法律の保障する旧式な結婚生活へ逆戻りされることになるように思われますが、どうでしょう。それとも、平塚さん御夫婦だけは「共同生活」の中に立て籠《こも》って、一般の男女には恋愛を基礎条件とせずに、健康診断書を重要条件とする法律的結婚に保障されよといわれるのでしょうか。もし反対に、天下の男女が法律的の拘束をうるさがって続々と「共同生活」や内縁の夫婦を実行するに到ったら、平塚さんたちの要求される法律は無用の贅物《ぜいぶつ》となりはしないでしょうか。私は平塚さんがその自家の「共同生活」を第一に現行法に由って改造しないで置いて、「共同生活」と矛盾した法律的結婚の請願者となられたことを異様に感じます。
以上の如く考えて来ると、花柳病の予防及び絶滅と結婚とを一つに組み合わして
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