《くわん》をゑがきて、
箪笥《たんす》てふ物を教へぬ。
我子《わがこ》らは箪笥《たんす》を知らず、
不思議なる絵ぞと思へる。
寂しき日
あこがれまし、
いざなはれまし、
あはれ、寂《さび》しき、寂《さび》しき此《この》日を。
だまされまし、賺《すか》されまし、
よしや、よしや、
見殺《みごろ》しに人のするとも。
煙草
わかき男は来るたびに
よき金口《きんくち》の煙草《たばこ》のむ。
そのよき香り、新しき
愁《うれへ》のごとくやはらかに、
煙《けぶり》と共にただよひぬ。
わかき男は知らざらん、
君が来るたび、人知れず、
我が怖《おそ》るるも、喜ぶも、
唯《た》だその手なる煙草《たばこ》のみ。
百合の花
素焼の壺《つぼ》にらちもなく
投げては挿せど、百合《ゆり》の花、
ひとり秀《ひい》でて、清らかな
雪のひかりと白さとを
貴《あて》な金紗《きんしや》の匂《にほ》はしい
※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]エルに隠す面《おも》ざしは、
二十歳《はたち》ばかりのつつましい
そして気高《けだか》い、やさがたの
侯爵夫人《マルキイズ》にもたとへよう。
とり合せたる金蓮花《きんれんくわ》、
麝香《じやかう》なでしこ、鈴蘭《すゞらん》は
そぞろがはしく手を伸べて、
宝玉函《はうぎよくいれ》の蓋《ふた》をあけ、
黄金《きん》の腕環《うでわ》や紫の
斑入《ふいり》の玉《たま》の耳かざり、
真珠の頸環《くびわ》、どの花も
※[#「執/れっか」、106−上−6]《あつ》い吐息を投げながら、
華奢《くわしや》と匂《にほ》ひを競《きそ》ひげに、
まばゆいばかり差出せど
あはれ、其等《それら》の楽欲《げうよく》と、
世の常の美を軽《かろ》く見て、
わが侯爵夫人《マルキイズ》、なにごとを
いと深げにも、静かにも
思ひつづけて微笑《ほゝゑ》むか。
花の秘密は知り難《がた》い、
けれど、百合《ゆり》をば見てゐると、
わたしの心は涯《はて》もなく
拡がつて行《ゆ》く、伸びて行《ゆ》く。
我《わ》れと我身《わがみ》を抱くやうに
世界の人をひしと抱き、
※[#「執/れっか」、106−下−5]《ねつ》と、涙と、まごころの
中に一所《いつしよ》に融《と》け合つて
生きたいやうな、清らかな
愛の心になつて行《ゆ》く。
[#ここで段組終わり]
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