紅《うすあか》き、白き、
とりどりの石の柱ありて倚《よ》りしを、
花束と、没薬《もつやく》と、黄金《わうごん》の枝の果物と、
我が水鏡《みづかゞみ》する青玉《せいぎよく》の泉と、
また我に接吻《くちづ》けて羽羽《はば》たく白鳥《はくてう》と、
其等《それら》みな我の傍《かたへ》を離れざりしを。

ああ、我が被眼布《めかくし》は落ちぬ。
天地《あめつち》は忽《たちま》ちに状変《さまかは》り、
うすぐらき中に我は立つ。
こは既に日の入《い》りはてしか、
夜《よ》のまだ明けざるか、
はた、とこしへに光なく、音なく、
望《のぞみ》なく、楽《たのし》みなく、
唯《た》だ大いなる陰影《かげ》のたなびく国なるか。

否《いな》とよ、思へば、
これや我が目の俄《には》かにも盲《し》ひしならめ。
古き世界は古きままに、
日は真赤《まつか》なる空を渡り、
花は緑の枝に咲きみだれ、
人は皆春のさかりに、
鳥のごとく歌ひ交《かは》し、
うま酒は盃《さかづき》より滴《したゝ》れど、
われ一人《ひとり》そを見ざるにやあらん。

否《いな》とよ、また思へば、幸ひは
かの肉色《にくいろ》の被眼布《めかくし》にこそありけれ、
いでや再びそれを結ばん。
われは戦《をのゝ》く身を屈《かゞ》めて
闇《やみ》の底に冷たき手をさし伸ぶ。

あな、悲し、わが推《お》しあての手探りに、
肉色《にくいろ》の被眼布《めかくし》は触るる由《よし》も無し。
とゆき、かくゆき、さまよへる此処《ここ》は何処《いづこ》ぞ、
かき曇りたる我が目にも其《そ》れと知るは、
永き夜《よ》の土を一際《ひときは》黒く圧《お》す
静かに寂《さび》しき扁柏《いとすぎ》の森の蔭《かげ》なるらし。


    或る若き女性に

頼む男のありながら
添はれずと云《い》ふ君を見て、
一所《いつしよ》に泣くは易《やす》けれど、
泣いて添はれる由《よし》も無し。

何《なに》なぐさめて云《い》はんにも
甲斐《かひ》なき明日《あす》の見通され、
それと知る身は本意《ほい》なくも
うち黙《もだ》すこそ苦しけれ。

片おもひとて恋は恋、
ひとり光れる宝玉《はうぎよく》を
君が抱《いだ》きて悶《もだ》ゆるも
人の羨《うらや》む幸《さち》ながら、

海をよく知る船長は
早くも暴風《しけ》を避《さ》くと云《い》ひ、
賢き人は涙もて
身を浄《きよ》むるを知ると云《い》
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