絵筆を把《と》れど色が出ぬ、
わたしの窓に鳥が来《こ》ぬ、
空には白い月が死ぬ。
    ×
あの白鳥《はくてう》も近く来る、
すべての花も目を見はる、
青い柳も手を伸べる。
君を迎へて春の園《その》
路《みち》の砂にも歌がある。
    ×
大空《おほそら》ならば指ささん、
立つ波ならば濡《ぬ》れてみん、
咲く花ならば手に摘まん。
心ばかりは形無《かたちな》し、
偽りとても如何《いか》にせん。
    ×
人わが門《かど》を乗りて行《ゆ》く、
やがて消え去る、森の奥。
今日《けふ》も南の風が吹く。
馬に乗る身は厭《いと》はぬか、
野を白くする砂の中。
    ×
鳥の心を君知るや、
巣は雨ふりて冷ゆるとも
雛《ひな》を素直に育てばや、
育てし雛《ひな》を吹く風も
塵《ちり》も無き日に放たばや。
    ×
牡丹《ぼたん》のうへに牡丹《ぼたん》ちり、
真赤《まつか》に燃えて重なれば、
いよいよ青し、庭の芝。
ああ散ることも光なり、
かくの如《ごと》くに派手なれば。[#「なれば。」は底本では「なれば、」]
    ×
閨《ねや》にて聞けば[#「聞けば」は底本では「聞けは」]朝の雨
半《なかば》は現実《うつゝ》、なかば夢。
やはらかに降る、花に降る、
わが髪に降る、草に降る、
うす桃色の糸の雨。
    ×
赤い椿《つばき》の散る軒《のき》に
埃《ほこり》のつもる臼《うす》と杵《きね》、
莚《むしろ》に干すは何《なん》の種。
少し離れて垣《かき》越《こ》しに
帆柱ばかり見える船。
    ×
三《み》たび曲つて上《のぼ》る路《みち》、
曲り目ごとに木立《こだち》より
青い入江《いりえ》の見える路《みち》、
椿《つばき》に歌ふ山の鳥
花踏みちらす苔《こけ》の路《みち》。

[#ここで段組終わり]
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   夢と現実
       (雑詩四十章)

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    明日

明日《あす》よ、明日《あす》よ、
そなたはわたしの前にあつて
まだ踏まぬ未来の
不可思議の路《みち》である。
どんなに苦しい日にも、わたしは
そなたに憬《こが》れて励《はげ》み、
どんなに楽《たのし》い日にも、わたしは
そなたを望んで踊りあがる。

明日《あす》よ、明日《あす》よ、
死と飢《うゑ》とに追はれて歩くわたしは
たびたびそなた
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