思へば昼は詩人の領《りやう》ならず、
天《あま》つ日は詩人の光ならず、
蓋《けだ》し阿弗利加《アフリカ》を沙漠《さばく》にしたる悪《あ》しき※[#「執/れっか」、302−上−7]《ねつ》の気息《いき》のみ。

うれしきは夢と幻惑と暗示とに富める白蝋《はくらふ》の明り。
この明りの中に五感と頭脳とを越え、
全身をもて嗅《か》ぎ、触れ、知る刹那《せつな》――
一切と個性とのいみじき調和、
理想の実現せらるる刹那《せつな》は来《きた》り、
ニイチエの「夜《よる》の歌」の中なる「総《すべ》ての泉」の如《ごと》く、
わが歌は盛高《もりだか》になみなみと迸《ほとばし》る。


    きちがひ茄子

とん、とん、とんと足拍子、
洞《ほら》を踏むよな足拍子、
つい嬉《うれ》しさに、秋の日の
長い廊下を走つたが、
何処《どこ》をどう行《ゆ》き、どう探し、
何《ど》うして採《と》つたか覚えねど、
わたしの袂《たもと》に入《はひ》つてた
きちがひ茄子《なす》と笑ひ茸《たけ》。
わたしは夢を見てゐるか、
もう気ちがひになつたのか、
あれ、あれ、世界が火になつた。
何処《どこ》かで人の笑ふ声。


    花子の歌四章(童謡)

    九官鳥
九官鳥はいつの間《ま》に
誰《だれ》が教へて覚えたか、
わたしの名をばはつきりと
優しい声で「花子さん。」

「何《なに》か御用」と問うたれば、
九官鳥の憎らしや、
聞かぬ振《ふり》して、間《ま》を置いて、
「ちりん、ちりん」と電鈴《ベル》の真似《まね》。

「もう知らない」と行《ゆ》きかけて
わたしが云《い》へば、後ろから、
九官鳥のおどけ者、
「困る、困る」と高い声。


    薔薇と花子
花子の庭の薔薇《ばら》の花、
花子の植ゑた薔薇《ばら》なれば
ほんによう似た花が咲く。
色は花子の頬《ほ》の色に、
花は花子のくちびるに、
ほんによう似た薔薇《ばら》の花。

花子の庭の薔薇《ばら》の花、
花が可愛《かは》いと、太陽も
黄金《きん》の油を振撒《ふりま》けば、
花が可愛《かは》いと、そよ風も
人目に見えぬ波形《なみがた》の
薄い透綾《すきや》を著《き》せに来る。

側《そば》で花子の歌ふ日は
薔薇《ばら》も香りの気息《いき》をして
花子のやうな声を出し、
側《そば》で花子の踊る日は
薔薇《ばら》もそよろと身を揺《ゆす》り
花子のやうな振《ふり
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