》が悪くなったのかと心配してそばへ寄って来た。紅《あか》い単衣の生地の上に、桜色の厚織物を仮に重ねて見せ、
「姫君にはこんなのをお着せしたいのに、情けない墨染めの姿におなりになって」
と言う女房があった。
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あま衣変はれる身にやありし世のかたみの袖《そで》をかけて忍ばん
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と浮舟の姫君は書き、行くえの知れぬことになって人々を悲しませた自分の噂はいつか伝わって来ることであろうから、真実のことを尼君のさとる日になって、憎いほどにも隠し続けたと自分を思うかもしれぬと知った心から、
「昔のことは皆忘れていましたけれども、こうしたお仕立て物などをなさいますのを見ますとなんだか悲しい気になるのですよ」
とおおように尼君へ言った。
「どんなになっておいでになっても、昔のことはいろいろ恋しくお思い出しになるに違いないのに、今になってもそうした話を聞かせてくださらないのが恨めしくてなりませんよ。この家《うち》ではこんな普通の衣服の色の取り合わせをしたりすることが長くなかったのですから、品のないものにしかでき上がらないでね、死んだ人が生きておればと、そんなことを思い出していますが、あなたにもそうしてお世話をなさいました方がいらっしゃるのですか。私のように死なせてしまった娘さえも、どんな所へ行っているのだろう、どの世界というだけでも聞きたいとばかし思われるのですからね、御両親は行くえのわからなくなったあなたをどんなに恋しく思っておいでになるかしれませんね」
「あの時まで両親の一人だけはおりました。あれからのち死んでしまったかもしれません」
こう言ううちに涙の落ちてくるのを紛らして、浮舟は、
「思い出しましてはかえって苦しくばかりなるものですから、お話ができなかったのでございますよ。少しの隔て心もあなたにお持ちしておりません」
と簡単に言うのであった。
薫は一周忌の仏事を営み、はかない結末になったものであると浮舟《うきふね》を悲しんだ。あの常陸守の子で仕官していたのは蔵人《くろうど》にしてやり、自身の右近衛府《うこんえふ》の将監《しょうげん》をも兼ねさせてやった。まだ童形《どうぎょう》でいる者の中できれいな顔の子を手もとへ使おうと思っていた。
雨が降りなどしてしんみりとした夜に大将は中宮《ちゅうぐう》の御殿へまいった。お居間にあまり人のいない時で、親しくお話ができるのであった。
「ずっと引っ込みました山里に、以前から愛していた人を置いてございましたのを、人から何かと言われましたが、前生の因縁でこの人が好きになったのだ、だれも心の惹《ひ》かれる相手というものはそうした約束事になっているのだからと、非難を恐れもしませんでしたが、亡《な》くしてしまいまして、これも悲しい名のついた所のせいであろうと、土地に好意が持たれなくなりましてからは久しく出かけることもいたしませんでしたが、ひさびさ先日ほかの用もあってまいりまして、この家《うち》は人生のはかなさをいろいろにして私へ思い知らせ、仏道へ深く私を導こうとされる聖《ひじり》が私のためにことさらこしらえておかれた場所であったと気がついて帰りました」
薫のこの言葉から中宮は僧都《そうず》の話をお思い出しになり、かわいそうに思召《おぼしめ》して、
「そのお家《うち》には目に見えぬこわいものが住んでいるのではありませんか。どんなふうでその方は亡くなりましたか」
とお尋ねになったのを、二人までも恋人の死んだことを知っておいでになって、幽鬼のせいと思召してのお言葉であろうと大将は解釈した。
「そんなこともございましょう。そうした人けのまれな所には必ず悪いものが来て住みつきますから。それに亡くなりようも普通ではございませんでした」
薫はくわしく申し上げることはしなかった。こうして隠そうとしている話に触れてゆくのはよろしくないし、事実を自分に知られたと思うのはいたましいと思召されて、兵部卿の宮が憂悶《ゆうもん》しておいでになり、そのころ病気にもおなりになったこともお思いになっては、宮の心情も哀れにお思われになり、いずれにしても口の出されぬ人のことであるとして、話そうとあそばしたこともおやめになった。中宮は小宰相にそっと、
「大将があの人のことを今も恋しいふうに話したからかわいそうで、私はあの話をしてしまうところだったけれど、確かにそれときめても言えないことでもあったから、気がひけて言うことができなかった。あなたは僧都にいろいろ質問もして聞いていたのだから、恥に感じさせるようなことは言わずに、こんなことがあったとほかの話のついでに僧都の言ったことを話してあげなさいね」
とお言いになった。
「宮様でさえお言いにくく思召すことを他人の私がそれをお話し申し上げます
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