りをさせたが、自分には、何のかいもなかった、命さえも意《こころ》のままにならず、言いようもない悲しい身になっているではないか、と浮舟は思ううちにもこの一家の知らぬ人々に伴われてあの山路《やまみち》を自分の来たことは恥ずかしい事実であったと身に沁《し》んでさえ思われた。強情《ごうじょう》らしくは言わずに、
「私は気分が始終悪うございますから、そうした遠路《とおみち》をしましてまた悪くなるようなことがないかと心配ですから」
 と断わっていた。いかにもそうした物恐れをしそうな人であると思って、尼君はしいても言わなかった。

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はかなくて世にふる川のうき瀬には訪ねも行かじ二本《ふたもと》の杉《すぎ》
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 と書いた歌が手習い紙の中に混じっていたのを尼君が見つけて、
「二本《ふたもと》とお書きになるのでは、もう一度お逢いになりたいと思う方があるのですね」
 と冗談《じょうだん》で言いあてられたために、姫君ははっとして顔を赤くしたのも愛嬌《あいきょう》の添ったことで美しかった。

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ふる川の杉の本立《もとだち》知らねども過ぎにし人によそへてぞ見る
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 平凡なものであるが尼君は考える間もないほどのうちにこんな歌を告げた。目だたぬようにして行くことにしていたのであるが、だれもかれもが行きたがり、留守《るす》宅の人の少ない中へ姫君を置いて行くのを尼君は心配して、賢い少将の尼と、左衛門《さえもん》という年のいった女房、これと童女だけを置いて行った。
 皆が出立して行く影を浮舟《うきふね》はいつまでもながめていた。昔に変わった荒涼たる生活とはいいながらも、今の自分には尼君だけがたよりに思われたのに、その自分を愛してくれる唯一の人と別れているのは心細いものであるなどと思い、つれづれを感じているうちに中将から手紙が来た。
「お読みあそばせよ」
 と言うが、浮舟は聞きも入れなかった。そして常よりもまた寂しくなった家の庭をながめ入り、過去のこと、これからあとのことを思っては歎息ばかりされるのであった。
「拝見していましても苦しくなるほどお滅入《めい》りになっていらっしゃいますね。碁をお打ちなさいませよ」
 と少将が言う。
「下手《へた》でしょうがないのですよ」
 と言いながらも打つ気に浮舟はなった。盤を
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