いう強いことのおできになるとは思われませんでした」
 などと侍従が話すことによって、宮はいっそうお悲しみが深くなり、命数が尽きて死んだということよりも、どんなに物思いを多くして恐ろしい川へなど身を投げたのであろうと御想像あそばすのが苦しく、その時に見つけることができてとどめえたならばと、沸きかえるような心持ちにおなりになるのであるが、今ではすべてむなしいことであった。
「あのお手紙を始末してお焼きになりました時に、なぜ私らの頭が働かなかったのでございましょう」
 と侍従は言ったりして、夜の明けるまで語っても語り足りないというふうであった。寺からもらった経巻へ書いて母君の返事にした歌のことなどもお話しした。侍従などは何とも宮の思っておいでにならなかった女であったが、哀れに思召すために、
「自分の所にいるがよい。あちらにいる奥さんもあの人には他人でなかったのだから」
 と仰せられたが、
「そうしてお仕えさせていただきましては何も何も悲しいことになりましょう。ともかくもお忌を済ませましてから、どうとも身の振り方を考えます」
 侍従はこう申し上げた。
「また来るがいい」
 こんな人とすらも別れるのを悲しく宮は思召した。浮舟のために作らせておありになった櫛《くし》の箱一具、衣裳《いしょう》箱一つを宮は贈り物にあそばした。その人のためにお設けになった物は多かったのであるが、これはただ内記に託しておこしらえになっただけのものであった。
 突然山荘を出て来て、こうした戴《いただ》き物をして帰っては他の人々が何と思うであろう、少し困ったことであると侍従は思ったのであるが、御辞退のできることでもなかった。
 宇治へ帰った侍従は右近と二人でひそかに櫛の箱と衣箱の衣裳をつれづれなままにこまごまと見た。はなやかな錦繍《きんしゅう》の服と精巧な作の箱、その中の小箱を見ながらも二人は非常に泣いた。喪にこもっている自分たちはこれをどう隠しておればいいかということにも苦心を要した。
 薫も思い余って宇治へ行くことにした。途中からもう昔のことがいろいろと胸へ集まってきて、どんな因縁で八の宮の所へ自分は行き始めたのであろう、二人の女王に失恋をして、父宮から子とも認められなかった人にまで縁が生じ、この一家との結ばれによって物思いばかりを自分はし続ける、尊い悟りをお持ちになった方へ仏の導きで近づき、未来の世界での交わりを約していながら、女王に心を引かれ始めて、信仰をよそにした報いを受けるのであろうと、こんなことも思われた。
 大将は右近を前に呼んで話そうとしたが、悲しみが先に立ちはかばかしい質問もできない。
「もう忌の残りの日も少なくなったのだから済んでからと思ったが、どうしても待ちきれないものがあって来た。どんな病状でにわかにあの方は死ぬようになられたか」
 と問われ、右近は弁の尼なども姫君の遺骸のなくなっていたことは気《け》どっているのであるから、隠してもしまいには薫の耳にはいることに違いない、かえってことを蔽《おお》おうとして誤解を招くことになっては姫君が気の毒である、あの不始末を処理するためにはいろいろな嘘《うそ》も言われたのであるが、このまじめな人に対しては、今までも逢《あ》った時にはこうも弁解しああも言ってと考えていたことは皆忘れてしまい、嘘は恐ろしくなり真実の話をした。これは薫の想像にものぼらなかったことであったから、驚きのためにしばらくはものも言われなかった。それを真実とは信じがたい、普通の人が煩悶《はんもん》をしたり、悲しんだりする場合にも多くは口に言わずおおようにしていた人にどうしてそんな恐ろしいことが思い立たれるか、そのほかの事実を自分へこう取り繕って言うのではなかろうかと、いっそう心の乱れてゆくのを覚える薫であったが、しかしあの人をお隠しになったようでもなく宮が悲しんでおいでになったことは著しいことであったし、この家の様子も、死が作り事であれば自然に気配《けはい》が違っているはずであるのに、自分の来たのを見ると人は上から下まで集まって来て泣き騒いでいるではないかと考え、
「奥さんといっしょに行ってしまった人があるか、もっと詳細にその時のことを言ってくれ。私に誠意がないからほかへ行ってしまう気にあの人がなったとは思われない。何もなくてにわかにそんなことができるか、私は信じることができない」
 と言った。予期した詰問であると右近は恐れた。
「もうおわかりになっていらっしゃいましたでしょうが、宮様の姫君としてお育てられになったのではございませんでしたから、心でいろいろ御苦労をなされた方でございます。それが寂しいお住まいをなさることになりましてからはいつからともなく物思いをなさいますことになりましたのですが、たまさかにもせよあなた様がおいでになります時
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