山をさして、昨夜の苦しい路《みち》のことを誇張も加えて宮が語っておいでになった。
 
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峰の雪|汀《みぎは》の氷踏み分けて君にぞ惑ふ道にまどはず
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「木幡《こばた》の里に馬はあれど」(かちよりぞ来る君を思ひかね)などと、別荘に備えられてあるそまつな硯《すずり》などをお出させになり、無駄《むだ》書きを宮はしておいでになった。

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降り乱れ汀《みぎは》に凍《こほ》る雪よりも中空《なかぞら》にてぞわれは消《け》ぬべき
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 とその上へ浮舟は書いた。中空という言葉は一方にも牽引《けんいん》力のあることを言うのであろうと宮のお恨みになるのを聞いていて、誤解されやすいことを書いたと思い、女は恥ずかしくて破ってしまった。
 そうでなくてさえ美しい魅力のある方が、より多く女の心を得ようとしていろいろとお言いになる言葉も御様子も若い姫君を動かすに十分である。
 謹慎日を二日間ということにしておありになったので、あわただしいこともなくゆっくりと暮らしておいでになるうちに相思の情は深くなるばかりであった。右近は例の
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