、家の中の人へどうまた自分は言うべきであろうと右近は思い、初瀬《はせ》の観音様、今日一日が無事で過ぎますようにと大願を立てた。石山寺へ参詣《さんけい》させようとして母の夫人から迎えがよこされることになっている日なのである。右近をはじめ供をして行く者は前日から精進潔斎《しょうじんけっさい》をしていたので、
「では今日はおいでになれなくなったのですわね。残念なことですね」
とも言っていた。
八時ごろになって格子などを上げ、右近が姫君の居間の用を一人で勤めた。その室の御簾《みす》を皆下げて、物忌《ものいみ》と書いた紙をつけたりした。母夫人自身も迎えに出て来るかと思い、姫君が悪夢を見て、そのために謹慎をしているとその時には言わせるつもりであった。
寝室へ二人分の洗面盥《せんめんだらい》の運ばれたというのは普通のことであるが、宮はそんな物にも嫉妬《しっと》をお覚えになった。薫が来て、こうした朝の寝起きにこの手盥で顔を洗うのであろうとお思いになるとにわかに不快におなりになり、
「あなたがお洗いになったあとの水で私は洗おう。こちらのは使いたくない」
とお言いになった。今まで感情をおさえて冷静
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