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と言い、雨を払うために振った袖の追い風のかんばしさには、東国の荒武者どもも驚いたに違いない。
室内へ案内することをいろいろに言って望まれた家の人は、断わりようがなくて南の縁に付いた座敷へ席を作って薫《かおる》は招じられた。姫君は話すために出ることを承知しなかったが、女房らが押し出すようにして客の座へ近づかせた。遣戸《やりど》というものをしめ、声の通うだけの隙《すき》があけてある所で、
「飛騨《ひだ》の匠《たくみ》が恨めしくなる隔てですね。よその家でこんな板の戸の外にすわることなどはまだ私の経験しないことだから苦しく思われます」
などと訴えていた薫は、どんなにしたのか姫君の居室《いま》のほうへはいってしまった。
人型《ひとがた》としてほしかったことなどは言わず、ただ宇治で思いがけぬ隙間《すきま》からのぞいた時から恋しい人になったことを言い、これが宿縁というものか怪しいまで心が惹《ひ》かれているということをささやいた。可憐《かれん》なおおような姫君に薫は期待のはずれた気はせず深い愛を覚えた。
そのうち夜は明けていくようであったが、鶏《とり》などは鳴かず、大通りに近い家であったから、通行する者がだらしない声で、何とかかとか、有る名でないような名を呼び合って何人もの行く物音がするのであった。こんな未明の街《まち》で見る行商人などというものは、頭へ物を載せているのが鬼のようであると聞いたが、そうした者が通って行くらしいと、泊まり馴《な》れない小家に寝た薫はおもしろくも思った。宿直《とのい》した侍も門をあけて出て行く音がした。また夜番をした者などが部屋《へや》へ寝にはいったらしい音を聞いてから、薫は人を呼んで車を妻戸の所へ寄せさせた。そして姫君を抱いて乗せた。家の人たちはだれも皆結婚の翌朝のこうしたことをあっけないように言って騒ぎ、
「それに結婚に悪い月の九月でしょう。心配でなりません、どうしたことでしょう」
とも言うのを、弁は気の毒に思い、
「すぐおつれになるなどとは意外なことに違いありませんが、殿様にはお考えがあることでしょう。心配などはしないほうがいいのですよ。九月でも明日が節分になっていますから」
と慰めていた。この日は十三日であった。尼は、
「今度はごいっしょにまいらないことにいたしましょう。二条の院の奥様が私のまいったことをお聞きに
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