もなってとよいほうへと空想を進めるのであったが、また反省してみて、自分の願いは実現が困難なことである、あの高貴さと、あの風采《ふうさい》の備わった大将は、もっともっと資格の完全な人を愛するはずである、顧みられる価値が姫君にあるかどうかは疑わしい。世間を見ると、容貌と性情は尊卑の階級によって自然に備わるものらしい。自分の子供たちの中に、だれ一人姫君に近い容貌《ようぼう》を持つ者がないではないか、少将は家ではすぐれた美男のように良人《おっと》などは見、自分ももとはそう思っていたのが、兵部卿の宮とお見くらべした時に、つまらなさを知ったということからでも推理していくことができるのである。現代の帝王の御秘蔵の内親王を妻にしている人の、いま一人の妻に姫君を擬してみるのは恥ずかしいと、こんなことを考えていくと、しまいには頭も茫《ぼう》としてくるのであった。
 仮り住居《ずまい》にいる姫君は退屈していた。庭の草も目ざわりになるばかりできたないし、東国なまりの男たちばかりが出入りする人影であったし、慰めになる花はなかったし、落ち着かぬ所に晴れ晴れしからず暮らしている若い姫君の心には、宮の夫人が恋しく思われてならなかった。闖入《ちんにゅう》しておいでになった宮の御様子もさすがに思い出されて、内容はこまごまともわからなかったものの身にしむお話しぶりでいろいろと自分へお告げになったことがあった、お帰りになったあとで周囲に残っていたかんばしいにおいがまだ今も自分の身に残っている気がして、恐ろしい思いをしたことさえ姫君は追想された。母のほうからはしみじみと情のこもった手紙が送って来られた。こんなにも愛してくれる母に心配ばかりをかける自身の運命が悲しくて姫君は泣いてしまった。
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馴《な》れないあなたの日送りはどんなにつれづれかと思います。しばらくしんぼうをしていらっしゃい。
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 とも書かれてあった、返事に、
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退屈なことなどはなんでもありません。かえって今が気楽でよいという気もします。

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ひたぶるに嬉《うれ》しからまし世の中にあらぬ所と思はましかば
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 と姫君は書いた。この歌の幼稚な表現にも母の夫人はほろほろと泣いて、こんなに漂泊人《さすらいびと》のようにさせておく親の無力さが
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