になる方なものですか」
 と言い、楽観させようと努めた。
 宮はすぐお出かけになるのであった。そのほうが御所へ近いからであるのか西門のほうを通ってお行きになるので、ものをお言いになるお声が姫君の所へ聞こえてきた。上品な美しいお声で、恋愛の扱われた故《ふる》い詩を口ずさんで通ってお行きになることで、煩わしい気持ちを姫君は覚えていた。お替え馬なども引き出して、お付きして宿直《とのい》を申し上げる人十数人ばかりを率いておいでになった。
 中の君は姫君がどんなに迷惑を覚えていることであろうとかわいそうで、知らず顔に、
「中宮《ちゅうぐう》様の御病気のお知らせがあって、宮様は御所へお上がりになりましたから、今夜はお帰りがないと思います。髪を洗ったせいですか、気分がよくなくてじっとしていますが、こちらへおいでなさい。退屈でもあるでしょう」
 と言わせてやった。
「ただ今は身体《からだ》が少し苦しくなっておりますから、癒《なお》りましてから」
 姫君からは乳母を使いにしてこう返事をして来た。どんな病気かとまた中の君が問いにやると、
「何ということはないのですが、ただ苦しいのでございます」
 とあちらでは言った。少将と右近とは目くばせをして、夫人は片腹痛く思うであろうと言っているのは姫君のために気の毒なことである。
 夫人は心で残念なことになった、薫《かおる》が相当熱心になって望んでいた妹であったのに、そんな過失をしたことが知れるようになれば軽蔑《けいべつ》するであろう、宮という放縦なことを常としていられる方は、ないことにも疑念を持ちうるさくお責めにもなるが、また少々の悪いことがあってもぜひもないようにおあきらめになりそうであるが、あの人はそうでなく、何とも言わないままで情けないことにするであろうのを思うと、妹はどんなに気恥ずかしいことかしれぬ、運命は思いがけぬ憂苦を妹に加えることになった、長い間見ず知らずだった人なのであるが、逢《あ》って見れば性質も容貌《ようぼう》もよく、愛せずにはいられなくなった妹であったのに、こんなことが起こってくるとはなんたることであろう、人生とは複雑にむずかしいものである、自分は今の身の上に満足しているものではないが、妹のような辱《はずか》しめもあるいは受けそうであった境遇にいたにもかかわらず、そうはならずに正しく人の妻になりえた点だけは幸福と言わねばな
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