を見て、遠い路《みち》に馴《な》れぬ女王《にょおう》は苦しさに歎息《たんそく》しながら、
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ながむれば山より出《い》でて行く月も世に住みわびて山にこそ入れ
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と口ずさまれるのであった。変わった境遇へこうして移って行ってそのあとはどうなるであろうとばかり危《あや》ぶまれる思いに比べてみれば、今までのことは煩悶《はんもん》の数のうちでもなかったように思われ、昨日《きのう》の世に帰りたくも思われた。
十時少し過ぎごろに二条の院へ着いた。まぶしい見も知らぬ宮殿の幾つともなく棟《むね》の別れた中門の中へ車は引き入れられ、そのころもう時を計って宮は待っておいでになったのであったから、車の所へ御自身でお寄りになり、夫人をお抱きおろしになった。夫人の居間の装飾の輝くばかりであったことは言うまでもないが、女房の部屋部屋にまで宮の御注意の行き届いた跡が見え、理想的な新婦の住居《すまい》が中の君を待っていたのである。
宮がどの程度に愛しておいでになるのか、妾《しょう》としてか、情人としての御待遇があるかと世間で見ていた八の宮の姫君はこうしてにわかに兵部卿親王の夫人に定まってしまったのを見て、深くお愛しになっているに違いないと世間も中の君をりっぱな女性として認め、かつ驚いた。
源中納言はこの二十日ごろに三条の宮へ移ることにしたいと思い、このごろは毎日そこへ来ていろいろな指図《さしず》をしていたのであるが、二条の院に近接した所であったから、中の君の着く夜の気配《けはい》をよそながら知りたく思い、その日は夜がふけるまで、まだ人の住まぬ新築したばかりの家にとどまっているうちに、迎えに出した前駆の人たちが帰って来て、いろいろ報告した。兵部卿の宮が御満足なふうで新婦を御大切にお扱いになる御様子であるということを聞く薫は、うれしい気のする一方ではさすがに、自身の心からではあったが得べき人を他へ行かせてしまったことの後悔が苦しいほど胸につのってきて、取り返し得ることはできぬものであろうかと、こんなうめきに似た独言《ひとりごと》も口から出た。
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しなてるやにほの湖に漕《こ》ぐ船の真帆《まほ》ならねども相見しものを
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とあの夜のことでちょっと悪く言ってみたい気もした。
左大臣は六の君を兵部卿の宮に
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