でになって、このまま帰る気などにはおなりになれなかった。
山荘の中の君の所へはお文《ふみ》が送られた。風流なことなどは言っておいでになる余裕がお心になく、ただまじめにこまごまとお心持ちをお伝えになったものであったが、人が多く侍している際であるからと思って女王は返事をしてこなかった。自身のような哀れな身の上の者が愛人となっているのに、不釣合《ふつりあ》いな方であると女は深く思ったに違いない。遠い道が間にある時は相見る日のまれなのも道理なことに思われ、こんな状態に置かれていても忘られてはいないのであろうとみずから慰めることもできた中の君であったが、近い所に来て派手《はで》なお遊びぶりを見せられただけで、立ち寄ろうとされない宮をお恨めしく思い、くちおしくも思って悶《もだ》えずにはいられなかった。
宮はまして憂鬱《ゆううつ》な気持ちにおなりになって、恋しい人に逢《あ》われぬ不愉快さをどうしようもなく思召された。網代《あじろ》の氷魚《ひお》の漁もことに多くて、きれいないろいろの紅葉にそれを混ぜて幾つとなく籠《かご》にしつらえるのに侍などは興じていた。上下とも遊山《ゆさん》の喜びに浸っている時
前へ
次へ
全126ページ中78ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング