やられる時である、空は暗い時雨《しぐれ》をこぼし、恐ろしい気のする雲の出ている夕べであった、宮は平生以上に宇治の人がお思われになって、何が起ころうとも行ってみようか、どうしたものかとお一人では決断がおできにならないで迷っておいでになるところへ、そのお思いを想像することのできた薫がお訪《たず》ねして来た。
「山里のほうはどうでしょう」
中納言の言ったことはこれであった。お喜びになって、
「では今からいっしょに出かけよう」
とお言いになったため、匂宮《におうみや》のお車に薫中納言は御同車して京を出た。山路へかかってくるにしたがって、山荘で物思いをしている恋人を多く哀れにお思いになる宮でおありになった。同車の人へもその点で御自身も苦しんでおいでになることばかりをお話しになった。行く秋の黄昏《たそがれ》時の心細さの覚えられる路《みち》へ、冷たい雨が降りそそいでいた。衣服を湿らせてしまったために、高い香《かおり》はまして一つになって散り広がるのが艶《えん》で、村人たちは高華な夢に行き逢《あ》ったように思った。
毎日毎日婿君の情の薄さをかこっていた山荘の女房たちは、悦《よろこ》びを胸に満たせ
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