お言いになった。

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中絶えんものならなくに橋姫の片敷く袖《そで》や夜半《よは》に濡《ぬ》らさん
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 帰ろうとしてまた躊躇《ちゅうちょ》をあそばされた宮がこの歌をささやかれたのである。

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絶えせじのわが頼みにや宇治橋のはるけき中を待ち渡るべき
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 などとだけ言い、言葉は少ないながらも女王の様子に別れの悲しみの見えるのをお知りになり、たぐいもない愛情を宮は覚えておいでになった。
 若い女性の心に感動を与えぬはずのない宮の御朝姿を見送って、あとに残ったにおいなどの身にしむ人にいつか女王はなっていた。お立ちのおそかった今朝《けさ》になってはじめて女房たちは宮をおのぞき見した。
「中納言様はなつかしい御気品のよさに特別なところがおありになります。今一段上の御身分という思いなしからでしょうか、はなやかな御|美貌《びぼう》は何と申し上げようもないくらいにお見えになりましたね」
 こんなことを言ってほめそやした。
 京への道すがら、別れにめいったふうを見せた女王をお思い出しになって、このままもう一度山荘
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