ちした。遠い路《みち》を急いで宮のお着きになった時は、姫君の心に喜びがわいた。自分にもこうした感情の起こるのは予期しなかったことに違いない。新婦の女王《にょおう》は化粧をされ、服をかえさせられながらも、明るい色の袖《そで》の上が涙でどこまでも、濡《ぬ》れていくのを見ると、姉君も泣いて、
「私はこの世に長く生きていようとも、それを楽しいことに思おうともしない人ですから、ただ毎日願っていることは、あなただけが幸《しあわ》せになってほしいということだったのですよ。それに女房たちもこれを良縁だとうるさいまでに言うのですからね、なんといっても、私たちと違って年をとっていろいろな経験を持っている人たちには、こうした問題についての判断がよくできるものだろう、私一人の意志を立てて、いつまでも二人の独身女であってはなるまいと考えるようになったことはあっても、突然な今度のようなことであなたの心を乱させようなどとは少しも思わなかったのですよ。でもね、これが人の言う逃げようもない宿命だったのでしょうね。私の心も苦しんでいますよ、すこしあなたの気分の晴れてきたころに、私が今度のことに関係していなかったことの弁明もして聞いてもらいますよ。知らぬ私をあまりに恨んではあなたが罪を作ることになります」
と姫君が中の君の髪を繕いながら言ったのに対して、中の君は何とも返辞はしなかったが、さすがに、こうまで自分を愛して言う姉君であるから、危険な道へ進めようとしたわけではあるまい、そうであるにもかかわらず、薄い愛より与えぬ人の妻になって、自分のために姉君へまた新しい物思いをさせることが悲しいと、今後の日を思って歎いていた。
闖入《ちんにゅう》者に驚きあきれていた夜の顔さえ美しい人であったのにまして、今夜は美しい服を着け、化粧の施されている女王を宮は御覧になって、いっそうこまやかに御愛情の深まっていくにつけても、たやすく通いがたい長い路《みち》が中を隔てているのを、胸の痛くなるほどにも苦しく思召《おぼしめ》されて、真心から変わらぬ将来の誓いをされるのだったが、姫君はまだ自身の愛のわいてくるのを覚えなかった。わからないのであった。非常に大事にかしずかれた高貴な姫君といっても、世間というものと今少し多く交渉を持っていて、親とか兄弟とかの所へ出入りする異性があったなら、羞恥《しゅうち》心などもこれほどになくて済むであろうと思われる。召使いどもにあがめられる生活はしていないが、山里であったから世間に遠くて、人に馴《な》れていない中の君は、地からわいたような良人《おっと》がただ恥ずかしい人とより思われないのであって、自分の言うことなどは田舎《いなか》風に聞こえることばかりであろうと思って、ちょっとした宮へのお返辞もできかねた。しかしながら二女王を比べて言えば、貴女らしい才の美しいひらめきなどはこの人のほうに多いのである。
三日にあたる夜は餠《もち》を新夫婦に供するものであると女房たちが言うため、そうした祝いもすることかと総角の姫君は思い、自身の居間でそれを作らせているのであったが、勝手がよくわからなかった。自分が年長者らしくこんなことを扱うのも、人が何と思って見ることかとはばかられる心から、赤らめている顔が非常に美しかった。姉心というのか、おおように気高《けだか》い性格でいて、妹の女王のためには何かと優しいこまごまとした世話もする姫君であった。源中納言から、
[#ここから1字下げ]
今夜はまいって、雑用のお手つだいもいたしたく思うのですが、先夜の宿直《とのい》にお貸しくださいました所が所ですから、少し身体《からだ》をそこねまして、まだ癒《なお》らない私は、どうしても出かけられませぬ。
[#ここで字下げ終わり]
と、二枚の檀紙に続けて書いた手紙を添え、今夜の祝儀の酒肴《しゅこう》類、それからまた縫わせる間のなかった衣服地のいろいろを巻いたままで入れ、幾つもの懸子《かけご》へ分けて納めた箱を弁の所へ持たせてよこした。女房たち用にということであった。母宮のお住居《すまい》にいた時であって、思うままにも取りまとめる間がなかったものらしい。普通の絹や綾《あや》も下のほうには詰め敷かれてあって、女王がたにと思ったらしい二|襲《かさね》の特に美しく作られた物の、その一つのほうの単衣《ひとえ》の袖《そで》に、次の歌が書かれてあった、少し昔風なことであるが。
[#ここから2字下げ]
さよ衣着てなれきとは言はずとも恨言《かごと》ばかりはかけずしもあらじ
[#ここで字下げ終わり]
これは戯れに威嚇《いかく》して見せたのである。中の君に対して言われているのであろうが、いずれにもせよ羞恥《しゅうち》を感ぜずにはいられないことであったから、返事の書きようもなく姫君の困っている間に、纏頭《てんと
前へ
次へ
全32ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング